弓木くんはどうやらわたしが好きらしい
♥
𓐍
𓏸
「じゃあ、一旦帰るねっ。泊めてくれてありがとう」
朝ごはんを食べ終えて、すっかり乾いた制服に着替えて、中瀬はいそいそと玄関から出ていこうとする。
そりゃあ、帰るのはあたりまえのことなんだけど。
「忘れものはない?」
「さっき確認したから、たぶん大丈夫……!」
ぴょこんと跳ねた寝ぐせも、今は跡形もない。
ローファーに履き替えて、とんとんと踵をなじませる中瀬を見ていると、なんか、無性に引き止めたくなった。
「このか」
「……?」
「ベクトルの三角形の面積公式は?」
「へっ? なに、抜き打ちテストっ?!」
ええと、と真面目に考えるポーズをとる。
きょろきょろと視線をさまよわせながら。
「エスイコール、にぶんのいちルートベクトルエーの絶対値の2乗、かける、ベクトルビーの絶対値の2乗、ひく、かっこベクトルエーかけるベクトルビー、かっこ閉じるの2乗……!」
どうかな、合ってる? って上目づかい。
この無自覚たらし。
振り回されているのは、どう考えたって俺の方だ。