弓木くんはどうやらわたしが好きらしい
「ふは、完璧じゃん」
「ほんとっ? この調子なら、赤点回避も夢じゃないかも……」
ガチャリ、玄関の扉を開ける。
昨日と打って変わっての快晴が広がっていた。
「じゃあ……」
「このか」
手を振ろうとした中瀬を咄嗟に遮ってしまう。
まだ帰したくない。
でもそれを正当化できるカードなんて、手元にない。
「今度はどうしたのっ?」
こて、と中瀬が首を傾げる。
その純粋な表情に、むくっといたずら心が芽生えて。
「いってきますのキスは?」
「……っ、な……っ!」
油断していた中瀬は、ぼんっと急に赤くなる。
はくはくと口を動かして、声にならない声を上げて。
そうやって、四六時中、俺のことだけ考えてればいいよ。
「し……っ、しないよ!」
「ふーん、残念」
「弓木くんのジョークは……っ、ちがった、千隼くん」
「今度から “弓木くん” って呼ぶ度、ペナルティにする?」
「ペナ……っ、て、どんな」
「さあ? どんなのだろーね」
“惚れた方の負け” なんて、よく言うけどさ。
……たしかに、そうだと思うけどさ。
「っ、もう、千隼くんのせいで朝から頭のなか訳わかんなくなる……っ!」
「ふは」
「か、帰るから!! もう帰るっ!」
「うん、気をつけて」
「じゃあねっ! またあとで、学校で……っ!」
りんごみたく赤くなった頬をぱたぱたと扇ぎながら、中瀬は慌ただしく背中を向けて去っていく。なんだあのいきもの、かわいいな。
──── “惚れた方の負け” ってのは、かなり核心ついてると思う。
その理論で言うと、絶対的に俺の方が負けなわけだけど。
だけど、俺だって、中瀬のペースを乱したい。