弓木くんはどうやらわたしが好きらしい
最悪だ、と思った。
それは中瀬のおにぎりが無下にされたことに対して────ではなく、この後、中瀬はきっと怒ると思ったから。
好きだったのに、期待してたのに、嫌いだって。
女はいつでも手のひらを返す。
どうせ、中瀬もそうだと思った。
めんどくせえ、八つ当たりされる前にさっさと帰ろ。
「じゃ、俺帰るから」
教室に戻ってさっさと鞄を手にして、去ろうとした。
さっきの佐藤とかいうやつのことは、聞かなかったことにして。
「……うん……」
やけに静かな中瀬。
好都合だ、なんて思って、教室の扉に手をかけたとき。
「……っ、弓木くん、待って」
全然中瀬らしくない、弱々しい声で引き留められた。
びっくりするくらいか細く震えた声に、思わず振り返ると。
「……は?」
中瀬のまあるい頬の上を、ぽろぽろと涙の粒がすべり落ちていった。
……なに、なんで、泣くんだ、こいつ。
「待って、弓木くん……帰らないで」
「……」
「お願い……ここに、いて、ほし……」
無視して帰るのはさすがにばつが悪くて、ただじっと中瀬の真正面で直立する。
それで、中瀬は、ただずっとぽろぽろと涙を流していた。
声を荒らげることも、誰かを責めることもなく。
「……いつまで、泣いてんの」