弓木くんはどうやらわたしが好きらしい
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「そろそろ帰るか」
「ベクトルエーカケルベクトルビーイコールベクトルエーベクトルビーコサインシータ……」
「中瀬ー、聞こえてる?」
「はっ!」
呪文のように公式を唱えるわたしのおでこを、弓木くんが軽く小突いた。我に返ってガタン、と立ち上がる。
あたりを見回せば、窓の外が夕暮れのオレンジ色にすっかり染まっていて……って。
「どうしようっ!」
「何が?」
「今の一瞬で、せっかく頭に詰めこんだ公式、全部吹っ飛んだかもしれない……っ」
がっくりと項垂れるわたし。
「ふはっ」
「笑いごとじゃないよ……! だいたい、集中ゾーンに入ってたのに、弓木くんが急に話しかけてくるからあ……っ」
「だって、帰る時間だし。もうすぐ完下のチャイム鳴る」
正論すぎて、ぐうの音も出ない。
でもでもだって。
せっかく弓木くんがつきっきりで勉強を見てくれたんだもん。
いくら物覚えが悪いわたしだって、ちょっとくらいは成果を出したい。生徒として。