淋れた魔法
彼のなかのわたしは、青木ゆりじゃないような気がした。
何かがずれている。
たとえば、手が当たりそうになると避けるように引っ込められたり、「ゆり先輩って本当にきれい」と揶揄うのではなく真剣な声で言われると、目に見えないズレを感じた。
「土屋は人気者な自分を演じてるって思ってるからな。誰にも媚びないおまえのこと、どうしたって自分とはベツモノとして見ちゃうんじゃねーの」
水島先生ははっきりというひとだ。それでいて何にでも答えを持ってる。
大人になるってそういうことなのかな。
このままでいいのかな。
誰にも媚びない、なんて、そんなかっこいいことじゃない。わたしはただ何かと目を合わせるのがこわくて逃げ回ってるだけ。
きみからだってそう。
きみから見るわたしが、自分が思ってるわたしとあまりにも違ってるように感じて、きみに失望されたくなかった。
だから彼が夢を打ち明けてくれた時、舞い上がってしまった。だってなんか、自分が、特別なような気がして。
本を読んできた甲斐があったかもしれない。だって、わたしが読書家だから打ち明けてくれたんだと思う。
小説家になりたいんです。
渋々、みたいな口調。
取材についてきてもらえませんか。
頼ってもらえた気がした。
だから嘘だと知った時、身勝手にショックを受けてしまった。
「おれのことも見てほしくて…」
いつも、見てるよ。
見てるのに、どうして。
どうして、伝わってくれないんだろう。