戀を手向ける
「直矢くん、はやくこっち向いて」
とんでもなくひどい囁きに聴こえる。
「…そういえばさ」
「うん」
「なんで俺、葬儀だけじゃなくて、ほかのも呼ばれたんだろ」
「…ほかのって?」
「身体拭くやつとか、そもそも、危篤の時も」
「それはまあ、うちの家族はみんな、直矢くんはわたしの彼氏だと思っていたからじゃないかな」
「いや、おまえすげー否定してたじゃねえかよ。俺の前で散々」
「うーん……ごめんね?」
「謝られんの、腹立つから」
親族だけの場所に呼ばれて、見様見真似におまえの手拭いたりしたの、けっこうしんどかった。気遣うし。
それなのにのん気なやつだな。変な笑いかたで楽しそうに笑う。楽しい話したつもりないんだけど。
「直矢くん、ごめんね」
死んでもなお、聞くとは思わなかった。
彼女には似合わないその言葉が増えていったのは、未練をなくしていく作業をはじめた頃からだ。
何が楽しいのか理解に苦しむホラー映画鑑賞をさせられたり。好きな漫画家のサイン会の長蛇に並ばされた。休日はあらゆるナントカ館に連れてかれ端から端まで歩かされる。
冬の北海道に行きたい、と言われた時は頭を悩まされた。泊り禁止の藤宮家をどう丸め込むか、と。
「うそつけばいいでしょ。友達と行くってわたし言うよ」
風紀委員が何言ってんだよ。
「べつに悪いことするわけじゃねーんだから、ちゃんと断ってからだろ」
そんなこんなで初めて踏み入れた藤宮家。何度か病院で会ったことはあるけど、もちろん緊張はする。出されたお茶はひと口も飲めなかった。