戀を手向ける


忍び込んだ、というより、逃げ込んだって言いかたのほうが似合う気がする。

それは残春の、満月の夜だった。


ノックをしてドアを開くと、丸い目をさらに広げてこっちを見た。


「…な……なにしてるの、直矢くん」

「やっぱり寝てなかった。どうせ眠れてないなら暇に付き合ってやろうと思って」


眠ってるはずなのに眼窩にくっきりと染みついた隈。日に日に深くなっていくからさすがに見てらんねえよ。


「だ…だからって面会時間もとっくに過ぎてるし…」

「おまえ個室なんだから大丈夫だろ。朝早く出てくよ」

「……」


申し訳なさそうな顔をする。ごめん、と言われる前に近づいた。


「なあ、今気分はどう?」


体調は悪いだろうけど。だからわざとそういう聞きかたをした。良い悪いを聞ければそれでよかった。


「あ、うん…うれしいよ」


だからその返事がくるとは思わなかったから、ぐっときた。

すぐに抱きしめたかったけど、それよりも。そっと手を差し出して「ちょっと起きれる?」と問いかけると彼女は頷いた。


上半身を起こした彼女を見届けて、背中に添えた手をそのままにふとんを剥ぐ。


「え、な、なに?」

「いいから」


膝の裏に手を通し、その細い身体を持ち上げる。「ひゃあっ」と上ずった声が、言わないけど、ちょっと可愛かった。


「なになになに直矢くん…っ」


びっくりしすぎだろ。


「おまえ煩い。見つかったら俺が問題児に扱いされるんだけど」

「う…」


…へえ。こう言うと大人しくなるんだ。もっと前から使えばよかったかな。

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