戀を手向ける
「未練がね、あったの」
未練をなくすための日々。ドラマや映画でよく見る、成仏できない情けない存在にはなりたくないんだと、藤宮守寿が言うから仕方なく付き合っていただけ。
本当はいつも思ってた。
未練なんていくらあったっていいじゃねえかよって。
まるで死ぬ準備をしていくような日々が大嫌いだった。
そのうち、もし死んでもどんなかたちであれ此処に、傍に、いてほしいって思う自分を必死で隠すようになった。
だからおまえが現れたとき、俺のせいだなって思った。
それでよかったのに。
「手紙には書いたけど……やっぱり、一度くらいはちゃんと自分の言葉で、声で、伝えたかった。たぶん、死んじゃう時、最後にそう思ったの。ずるいことかもしれないけど……」
「…ずるくていいからこっち見て言えよ」
「……うん」
青いワンピースが揺れる。
それはこの世界に吹く風や空気のせいじゃない。彼女がいる世界のもの。
真っ直ぐな瞳。
海も月も風もクラスメイトも漫画も病院も胡麻饅頭もテストも金色の髪も何もかもに良いところを見つけられるその目が、好きだ。
今も、いつまでも、それはもう変わらない俺だけの想い。
「藤宮守寿は、入海直矢くんのことが大好きです」
その声は震えていた。
泣くのかな、と思って見ていたけど、彼女は俺が好きな笑顔を浮かべた。
やっと言ってくれた。そう思った。
「出会ったころからずっと……でも勇気がなくて、生きてるうちに伝えられなかった」
「言いに来てくれたから、いいよ」
「ぶふふ。直矢くん、やっぱり笑ってる。こう言ったら笑ってくれると思った」
「べつに笑ってねーよ」
「笑ってるよ。胡麻饅頭を初めて食べた日と、北海道でカニ雑炊食べたときと、キスした瞬間と、今だけのレアスマイル」
「…なにそれ、ダサ」
「ぶふふ」
変な笑いかた。
藤宮守寿はどんな瞬間を切り取っても、笑っている。