戀を手向ける


誰にもできる生きかたじゃないよな。

きみだけのもの。


「……本当は泣きたかったのに」


そうこぼすと彼女は肩をすくめた。


「それはよかった。きみのたまにの笑顔が、わたしはいつも、何よりもうれしかったの」


そうかよ。

しょうもないはずの俺の今までごと、好いてくれているような台詞。


「未練、おしまい」

「…うん」


本当にすげーやつだよ。
最後の未練がこれでいいのかよ。


手を伸ばすと小さな手が重なった。

少し屈んでくちびるを塞ぐ。大切な記憶を手繰り寄せ、ちゃんと触れられていると思い込んだ。


「いつか幸せだって笑うきみを願ってる」

「…ありがとう」

「それから、あのね、もう自分でもわかってると思うけど…直矢くんには、なんの問題もないよ」

「……」

「直矢くんなら自分で正解を考えられる。間違えたってがんばれる。だからこれからも大丈夫だよ」


何度か言ってくれた自信満々な意味のわからなかった“大丈夫”。その意味を、今日初めて知った。

もう一度会いにきてくれたから知ることができた。



「ちゃんと見送るから…そのうち、迎えにきて」


俺の最大級の願い。


「初めてのお願いごとだね!わかったよ、約束。直矢くんが腰の折れたおじいちゃんになってても見つけてあげる」


くやしいから若々しくいようと思った。



いくなよ。

その言葉は、今度こそ飲み込んで、小瓶に入れていた彼女の一部を手のひらに広げる。



その瞬間、風が強く吹いた。思わず目をつぶって、また開くと、彼女の姿はもうなかった。



手のひらに少し残ったそれを舐める。


「……しょっぱ」


食うもんじゃねえな、と、思わず笑ってしまった。



──── 好きならちゃんと約束守れよ。


波が返事をするみたいに足元までやってきたから、それ以上の涙は、ありったけ我慢した。



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