もふもふ後宮幼女は冷徹帝の溺愛から逃げられない ~転生公主の崖っぷち救済絵巻~
第一話: 冷徹帝はやんごとなきなでの達人
「今日の夜伽(よとぎ)の相手はあたしにしてくだしゃい!」
幼く大きな声は、皇帝の執務室――秀聖殿(しゅうせいでん)に響いた。皇帝、黎明(れいめい)は認(したた)めていた詔(みことのり)を墨で汚し、隣に立つ太監(たいかん)の如余(じょよ)など呆然とするばかりである。
幼き公主、愛紗(あいしゃ)は怯まず、ずかずかと黎明のもとへと向かった。
何も言えず立ち尽くす如余を押し除け、椅子に座る黎明の横に立つと、煌びやかな袖を構わず掴む。
五歳では、それがどれほど危ういことか知らないのだ。
黎明は小さく息を吐き出し、養女である愛紗の乱れた髪を撫でた。
「夜伽とは何かわかっているのか?」
「もちろんです! 双修(そうしゅう)のことでしょう? 陛下、あたしと双修しましょ!」
双修とはすなわち、男女二人で行う修行のことだ。黎明はその意味を知っていた。吐く息が大きなため息に代わる。
「愛紗、そのようなことを誰に習った?」
五歳の幼な子が知る必要のないことだ。しかし、愛紗はにこりと笑うだけで、黎明の問いには答えない。
「陛下が『うん』って言うまでここにいます」
「ここは遊び場ではない」
黎明は冷徹帝(れいてつてい)と呼ばれている。皇位を得て二年、一切の私情を挟まず罰をくだしていた結果だ。しかし、愛紗はいっさい怖がりもせず、黎明の隣に腰掛けた。
「部屋に戻りなさい。今ごろ皆が心配している」
「や。今日の夜は一緒にいてくれるって言わないなら、ずっとここにいます」
愛紗は頑なだ。正気に戻った如余が彼女を抱き上げようとするも、小さな手が黎明の袖を持って離さない。このまま引き上げれば大惨事だ。
如余の考えを察したのか、愛紗は黎明の袖を強く握りしめた。皺の寄った袖を見て、如余は大げさに頭を抱えて見せた。
「……夜、ともに過ごせば満足するのだな?」
「あい」
愛紗は大きく頷く。溢れそうなほど大きな黒の瞳に映る黎明は、なんとも言い難い表情のまま頷いた。
「わかった。如余、今夜はそのように」
「かしこまりました」
面倒だと思っていた夜の時間、子守をすることになろうとは。黎明は天意の非情さに溢れたため息を呑み込むことができない。
愛紗は満足したのか、黎明の袖を離すと椅子からヒョイと飛び降りた。興味をなくした猫のように、黎明の顔すら見ずに軽やかな足取りで秀聖殿から消えていったのである。
黎明に頭を撫でる時間も与えない。如余は黎明の宙に浮いた手を見て苦笑を漏らす。
「まるで猫のようでこざいますね」
「あの子はいつもあのように自由なのか?」
「聞いたところによると、ふだんは与えた部屋で大人しくしているとか」
「あれに会うのは二年ぶりだ」
一介の皇子だったころ、両親を殺された生まれたばかりの幼な子を不憫に思い、自分の娘とした。たったそれだけの関係だ。
皺の寄った袖を見た。握られた箇所がよくわかる。
「如余、幼き子がなぜ、夜伽など所望するのだろうな?」
墨で汚れてしまった紙を几帳面に折り畳む。黎明は自身の口元がわずかに緩んでいるのを感じ、慌てて口を押さえた。
幼く大きな声は、皇帝の執務室――秀聖殿(しゅうせいでん)に響いた。皇帝、黎明(れいめい)は認(したた)めていた詔(みことのり)を墨で汚し、隣に立つ太監(たいかん)の如余(じょよ)など呆然とするばかりである。
幼き公主、愛紗(あいしゃ)は怯まず、ずかずかと黎明のもとへと向かった。
何も言えず立ち尽くす如余を押し除け、椅子に座る黎明の横に立つと、煌びやかな袖を構わず掴む。
五歳では、それがどれほど危ういことか知らないのだ。
黎明は小さく息を吐き出し、養女である愛紗の乱れた髪を撫でた。
「夜伽とは何かわかっているのか?」
「もちろんです! 双修(そうしゅう)のことでしょう? 陛下、あたしと双修しましょ!」
双修とはすなわち、男女二人で行う修行のことだ。黎明はその意味を知っていた。吐く息が大きなため息に代わる。
「愛紗、そのようなことを誰に習った?」
五歳の幼な子が知る必要のないことだ。しかし、愛紗はにこりと笑うだけで、黎明の問いには答えない。
「陛下が『うん』って言うまでここにいます」
「ここは遊び場ではない」
黎明は冷徹帝(れいてつてい)と呼ばれている。皇位を得て二年、一切の私情を挟まず罰をくだしていた結果だ。しかし、愛紗はいっさい怖がりもせず、黎明の隣に腰掛けた。
「部屋に戻りなさい。今ごろ皆が心配している」
「や。今日の夜は一緒にいてくれるって言わないなら、ずっとここにいます」
愛紗は頑なだ。正気に戻った如余が彼女を抱き上げようとするも、小さな手が黎明の袖を持って離さない。このまま引き上げれば大惨事だ。
如余の考えを察したのか、愛紗は黎明の袖を強く握りしめた。皺の寄った袖を見て、如余は大げさに頭を抱えて見せた。
「……夜、ともに過ごせば満足するのだな?」
「あい」
愛紗は大きく頷く。溢れそうなほど大きな黒の瞳に映る黎明は、なんとも言い難い表情のまま頷いた。
「わかった。如余、今夜はそのように」
「かしこまりました」
面倒だと思っていた夜の時間、子守をすることになろうとは。黎明は天意の非情さに溢れたため息を呑み込むことができない。
愛紗は満足したのか、黎明の袖を離すと椅子からヒョイと飛び降りた。興味をなくした猫のように、黎明の顔すら見ずに軽やかな足取りで秀聖殿から消えていったのである。
黎明に頭を撫でる時間も与えない。如余は黎明の宙に浮いた手を見て苦笑を漏らす。
「まるで猫のようでこざいますね」
「あの子はいつもあのように自由なのか?」
「聞いたところによると、ふだんは与えた部屋で大人しくしているとか」
「あれに会うのは二年ぶりだ」
一介の皇子だったころ、両親を殺された生まれたばかりの幼な子を不憫に思い、自分の娘とした。たったそれだけの関係だ。
皺の寄った袖を見た。握られた箇所がよくわかる。
「如余、幼き子がなぜ、夜伽など所望するのだろうな?」
墨で汚れてしまった紙を几帳面に折り畳む。黎明は自身の口元がわずかに緩んでいるのを感じ、慌てて口を押さえた。
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