もふもふ後宮幼女は冷徹帝の溺愛から逃げられない ~転生公主の崖っぷち救済絵巻~
 そういうわけで、愛紗は百度目の転生に挑んだ。
 
 愛紗は人間界のとある国――滝玖(ろうきゅう)国の皇族の娘として生まれ落ちた。天の思し召しか、天帝の配慮かは分からないが人間界でも『愛紗』と名づけられる。
 
 不幸にも両親はすぐに他界してしまうが、父親と同じ年の従兄弟に愛紗は託された。まだ生まれ落ちて数ヶ月と経っていない。ゆえに、苦といえるものではなかった。
 
 初めて養父に抱き上げられたとき、雷が落ちるような感覚に愛紗は「彼が修行の一環となる鬼に愛されし男」なのだと気づく。しかし、焦る必要はなかった。愛紗はまだ赤子。彼が一度目の命の危機に見舞われるのは五歳のときだと天帝は言っていた。
 
 親子となったならば、五歳で愛紗を手放すことはないだろう。
 
 養父の家は質素ではあるが、金はあるらしく赤子の愛紗にも一人の乳母と三人の世話役がつけられた。愛紗の九十九回の転生人生でも味わったことのない破格の待遇である。
 
 乳母は愛紗と数日しか変わらない娘を亡くしたばかりで、愛紗のことを娘のようにかわいがった。
 
 その三人の世話役に、すぐに友人の十然(じゅうぜん)を見つけて愛紗は驚いた。
 
「あー! うー!」
 
 ただ「なんでいるの」と問いたいのに、赤子の舌はよく回らない。
 
「本当に記憶は消されてないんだなぁ。姫さんの一世一代の大勝負だから手伝いに来たんだ」
 
 にかっといい笑顔を見せるが、そのような話は天帝からは聞いていない。戒律違反になるのではないか。十然が罰せられるのは構わないが、巻き添えはごめんである。なにせ、人生のかかった試練なのだから。
 
「うー! うー!」
「いいって、いいって。気にするな。仙にとってここの一年はたった一日。姫さんが百歳まで生きたとしても付き合うさ」
 
 感謝などしていない。しかし、十然に読心術など持ち合わせてはいないのだから、赤子の言葉など理解できないのであろう。小さな身体で頭を抱える。
 
「なんだ。そんなに感動したか」
 
 カカカと呑気に笑う十然をどうにかしなければならない。しかし、記憶は引き継いでも生まれて数ヶ月の赤子。発達しきっていない頭と身体はすぐに眠気に襲われ、幾日も経ってしまった。
 
 日は指折り数えていたものの、気づけば生まれ落ちて一年が過ぎていた。ささやかな祝いが乳母と世話役たちで行われて気づいたのだ。
 
「じゅーじぇん」
「はいはい。ようやく言葉らしい言葉を言えるようになってきたな」
「おねがいがあるにょよ。じゅーじぇんは、変化が得意でちょ?」
「そりゃあ、腐っても狐族(こぞく)だからな」
「天宮(てんきゅう)のなかにある、おとーたまの運命録(うんめいろく)を手に入れてきてほちいの」
「おとーたまって、黎明(れいめい)ってやつのことか? ここの主の?」
「しょーよ。あたちの試練にゃの」
「あのなに考えているか分からない男を守るのか。確かに敵を作りそうではなるな。にしても、見て来るだけじゃだめなのか? 俺は記憶力がいい」
「だめ。仙に関わる人間にょ運命録はしゅぐに変化しちゃうにょよ」
「なーるほど。わかった」
「ごちゃいになるまでには持ってきてほちいの」
「五歳か。四日ね。やってみるわ」
 
 十然は大きな手で愛紗の頭を撫でる。乱暴な手に顔を歪めた。しかし、文句は決して言わない。運命録を盗むという行為がどれほど難しいか知っているからだ。
 
 人間界で生まれ、死ぬ者たちは全て仙界で管理されている。ただの一人も余すことなく。一人の“生まれてから死ぬまで”が示されているのが『運命録』と呼ぶものだった。
 
 運命録は生まれ落ちた瞬間にはその終わりまでが書き記される。仙界の者が関わらない限りはその運命が変わることはない。しかし、今回は愛紗という仙界の記憶を持つ者が関わる以上、黎明の運命録は変化を続けるだろう。
 
 変化してもらわなければならないのだ。変化しなければ、愛紗が五歳のときで黎明の命の灯火は消えることになっているのだから。それは、愛紗の修行失敗を意味する。
 
「そうだ。姫さん。『皇帝』には気をつけろよ」
「こーてー? なんで?」
「来る前に役に立つかと思って、姫さんの運命録を覗いてきたんだが、『皇帝の命令により刺殺』で終わっている。姫さんの試練は『おとーたま』に『老いの苦』を与えること。つまり、姫さんも長生きしないとだめなんだろ?」
「あい。こーてーには近づかにゃい」
 
 皇帝と呼ばれる者は愛紗の周りにはいない。いるのはこの田舎の屋敷の主である養父、黎明と世話役たち。他は屋敷を守る衛兵(えいへい)ばかりだ。
 
 世話役たちの話を聞くに、ここは都から随分離れた場所にあるらしい。皇帝というくらいだ。都に暮しているのだろう。ならば、当分は安全だと思っていた。
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