もふもふ後宮幼女は冷徹帝の溺愛から逃げられない ~転生公主の崖っぷち救済絵巻~
「すまんすまん。天宮(てんきゅう)の警備が思ったよりも厳しくてな? 四日もかかっちまった。いやー、屋敷はもぬけの殻だし、調べてみれば後宮なんかにいるから、驚いた」
カカカと笑う十然(じゅうぜん)を睨む。五歳となった愛紗(あいしゃ)だが、貫禄がついたわけでもないため、十然はその意図を理解せず、大きな手でぐりぐりと頭を撫でるだけだった。
大きな声で怒鳴ろうと思った愛紗であったが、大きく口を開いた瞬間彼の手によって塞がれる。
「シーッ! まだ朝だぜ? そんな大きな声出したら人が来ちまうよ」
今はまだ日の出前。これから人が起き出し活動する手前だ。愛紗が大声を出せば、愛紗の宮である「雛典宮(すうてんきゅう)」に使える者がわらわらと起き出すだろう。
「……仕方ないわ。で、運命録(うんめいろく)は?」
「そのことなんだが、まずは謝っとくよ。姫さん、ごめん」
十然は軽い調子で謝ると、懐から一欠片の木片を取り出す。木片には丁寧な字で「政務に追われ一日を終える」と書かれている。
「これって……」
「そ。ご名答。運命録の欠片だ。本当は全部持ってくるつもりだったんだが、警備が厳しくて一片しか隠して持ってこれなかった。これで見ることのできる未来は、日の出から次の日の出までの当日分だけだな」
「つまり……これは、昨日のお父さまの一日?」
政務に追われ一日を終える。実に単純ではあるが、皇帝という身分には相応の一日だ。
運命録は全て木片をつなぎ合わせた木簡(もっかん)でできている。紙を頑なに使わないのは、管理官の趣味だと噂されているが、実際のところは分からない。
「まあ、見てろって」
蝋燭(ろうそく)の火にかざし、まじまじと見るも変わらない。しかし、今まで隠れていた日の光が愛紗の顔に影を作ったとき、書かれていた文字が波のように消え、新たな文字が浮き上がる。
「今から出てくるのが、『お父さま』の今日の未来だ」
「あい」
新たな文字は太陽の動きのようにゆっくりと鮮明になっていく。愛紗はその文字をなぞった。
「夜伽(よとぎ)の際、寝所にて暗殺」
一つ、二つ、三つ。愛紗は目を瞬(しばたた)かせる。
「暗殺……。ね、十然。暗殺者って、あの暗殺?」
「そうだな。暗殺っていやー、こっそり殺されることだな」
「今夜?」
「この木片だけで見られるのは次の日の出までの一日間の未来だな」
「じゃあ、今夜の夜伽? で殺されちゃうかも?」
「そうなるなぁ~」
十然はまるで他人事だ。事実、他人事なのであろう。カラカラと笑うだけの十然に対し、愛紗は小さな手で頭を抱えた。
「どーしよ」
「助けるしかないんだろ?」
「でも、皇帝に近づいたら殺されちゃうんでしょ?」
「馬鹿だな。お父さまと皇帝は別だろ?」
「同じなのよ。十然がいなくなったあとに、皇帝になったの。だから、あたしもお引っ越ししたのよ」
「つまり、助けた相手が原因で殺されちまう運命ってことか~」
相変わらず、脳天気な笑顔。怒る気すら起きない顔だ。
「ね……夜伽ってことは夜でしょ? 影から助けられるかな?」
「夜伽の場だろ? もし相手が妃だったらどうする? お互いに裸体。姫さんが助けるより前に殺されちまうだろ? しかも、夜伽のときなんて、一番警備が厳重になる。助ける前に侍衛(じえい)に殺されかねん」
「むむむ……たしかに。かくなる上は……」
愛紗は気づいた。たった一つだけ側で守る方法をだ。
「どうするんだ?」
「あたしが夜伽の相手になるの!」
そして、愛紗は直談判するために部屋を飛び出したのだ。
カカカと笑う十然(じゅうぜん)を睨む。五歳となった愛紗(あいしゃ)だが、貫禄がついたわけでもないため、十然はその意図を理解せず、大きな手でぐりぐりと頭を撫でるだけだった。
大きな声で怒鳴ろうと思った愛紗であったが、大きく口を開いた瞬間彼の手によって塞がれる。
「シーッ! まだ朝だぜ? そんな大きな声出したら人が来ちまうよ」
今はまだ日の出前。これから人が起き出し活動する手前だ。愛紗が大声を出せば、愛紗の宮である「雛典宮(すうてんきゅう)」に使える者がわらわらと起き出すだろう。
「……仕方ないわ。で、運命録(うんめいろく)は?」
「そのことなんだが、まずは謝っとくよ。姫さん、ごめん」
十然は軽い調子で謝ると、懐から一欠片の木片を取り出す。木片には丁寧な字で「政務に追われ一日を終える」と書かれている。
「これって……」
「そ。ご名答。運命録の欠片だ。本当は全部持ってくるつもりだったんだが、警備が厳しくて一片しか隠して持ってこれなかった。これで見ることのできる未来は、日の出から次の日の出までの当日分だけだな」
「つまり……これは、昨日のお父さまの一日?」
政務に追われ一日を終える。実に単純ではあるが、皇帝という身分には相応の一日だ。
運命録は全て木片をつなぎ合わせた木簡(もっかん)でできている。紙を頑なに使わないのは、管理官の趣味だと噂されているが、実際のところは分からない。
「まあ、見てろって」
蝋燭(ろうそく)の火にかざし、まじまじと見るも変わらない。しかし、今まで隠れていた日の光が愛紗の顔に影を作ったとき、書かれていた文字が波のように消え、新たな文字が浮き上がる。
「今から出てくるのが、『お父さま』の今日の未来だ」
「あい」
新たな文字は太陽の動きのようにゆっくりと鮮明になっていく。愛紗はその文字をなぞった。
「夜伽(よとぎ)の際、寝所にて暗殺」
一つ、二つ、三つ。愛紗は目を瞬(しばたた)かせる。
「暗殺……。ね、十然。暗殺者って、あの暗殺?」
「そうだな。暗殺っていやー、こっそり殺されることだな」
「今夜?」
「この木片だけで見られるのは次の日の出までの一日間の未来だな」
「じゃあ、今夜の夜伽? で殺されちゃうかも?」
「そうなるなぁ~」
十然はまるで他人事だ。事実、他人事なのであろう。カラカラと笑うだけの十然に対し、愛紗は小さな手で頭を抱えた。
「どーしよ」
「助けるしかないんだろ?」
「でも、皇帝に近づいたら殺されちゃうんでしょ?」
「馬鹿だな。お父さまと皇帝は別だろ?」
「同じなのよ。十然がいなくなったあとに、皇帝になったの。だから、あたしもお引っ越ししたのよ」
「つまり、助けた相手が原因で殺されちまう運命ってことか~」
相変わらず、脳天気な笑顔。怒る気すら起きない顔だ。
「ね……夜伽ってことは夜でしょ? 影から助けられるかな?」
「夜伽の場だろ? もし相手が妃だったらどうする? お互いに裸体。姫さんが助けるより前に殺されちまうだろ? しかも、夜伽のときなんて、一番警備が厳重になる。助ける前に侍衛(じえい)に殺されかねん」
「むむむ……たしかに。かくなる上は……」
愛紗は気づいた。たった一つだけ側で守る方法をだ。
「どうするんだ?」
「あたしが夜伽の相手になるの!」
そして、愛紗は直談判するために部屋を飛び出したのだ。