さよならは、優雅に微笑んで


 ――いつか夫婦に、そして家族になるものだと思って生きてきた。


「エドナ・ネルヴィア、婚約を破棄させてもらう!」


 学園卒業を祝うはずの式典の場に――つい先刻まで国王陛下の言祝ぎなど厳かな雰囲気さえあったというのに――侯爵家嫡男ギルバート・トレイズの声が響き渡った。
 制服姿の彼の腕には可憐な少女が取り縋り、そんな彼女を守るように複数の男子生徒が立って一様にエドナを睨めつける。紫色のネクタイをしたギルバートに、黄色いリボンタイの少女、他各々の色のタイを身につけていることから学年も様々なことが見て取れる。

 儚げなソフィア・クラークは自分のために婚約者との婚約破棄を宣言するギルバートをうっとりと見つめ、エドナはそんな彼らに淡々と視線を返していた。

 多忙である国王がすでに退席したとはいえ、学生の親類縁者や他多数の貴賓が参加する祝宴中だというのに。
 わざわざ公式行事の只中に事を起こした彼らに、体温が下がったかのような感覚を覚える。


 ――婚約して十余年。


 二人の関係は恋に育ちもしなかったけれど、それでもともに過ごした時間だけ親愛の情はあり、エドナはいつか家族としての愛なら育めるのだろうと信じていた。
 そのための努力ならしてきたつもりだった。爵位としては彼に劣る伯爵家の出だからこそ、自分が嫁ぐことで彼が軽んじられないよう、勉学にも社交にも励み釣り合うようにと日々取り組んできた。
 彼もまた、エドナと向き合いともに家庭を築くことを前向きに捉えていた、……はずだった。一年ほど前までは。

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