さよならは、優雅に微笑んで
「では改めてわたしから伝えようか」
マリウスが優しく微笑む。婚約解消についての書面は婚約申請書とともに一定期間教会に保管される、エドナからその写しと関連する書類を預かって掲げた。
ギルバート・トレイズの不貞行為により、エドナ・ネルヴィアとの婚約は解消するということ。それに伴いトレイズ家並びにモルテッサ領への支援は打ち切りとなるところだが、双方の話し合いにより援助は継続、ネルヴィア家の協力のもとに立て直しを図るということ。
「不貞行為だなどと、エドナが彼女を虐げるから!」
「そのような証拠及び証言は得られなかった。君やそちらのお嬢さんの話なら、噂から真実味のあるものまで様々出てきたけどね」
妹を気にかけていたベルナルドとマリウス、二人して呆気に取られたほどに。
それはもう盛りだくさんだと両手を広げるマリウスは、手にしていたそれをエドナに返し静かに首を振る。
「侯爵は自身の監督不行届だと大いに嘆かれ、唯一の後継者であった息子を廃嫡すると決断された」
モルテッサ領は金策に苦しみながら持ち堪えてきた。現当主が学生時代の繋がりから領地経営、事業ともに成功しているネルヴィア家との縁を結び、ようやく一定水準にまで落ち着かせて、それでもこれからといった状態であることは、外の人間にはともかく両家の者には分かりきったことのはず。
子供たちを婚約させ縁づかせることで結びつきを強めさらなる安定を目指す段階だったというのに、まさか息子が裏切るなどという愚行を冒すなど、すべてを知った当主はエドナと父親に膝を折り項垂れるように頭を下げて謝罪した。
息子を擁護しネルヴィア家との関わりを失えば領地経営は破綻、一方で跡継ぎを失えば爵位は近い将来断絶となるが、ネルヴィア家の助力を得られれば当面の危機は免れ、ともすれば軌道に乗せられるかもしれない。
領主として父親として、苦渋の決断だったろうに、毅然とした態度で領民の幸せを選択した。