俺様社長は奥手な秘書の初めてを奪う
遠ざかっていくクルーズ船をぼうっと見つめていると、視界の端に誰やらこちらに向かってくる姿が映る。
(え……んんん⁉)
スーツ姿で高身長。顔が小さく俳優並みの甘いルックス……だけど、遠くからでもビンビンに伝わってくる独特の威圧感。
(ま、まさか!)
鋭い瞳とばっちり視線が交わり、心臓が飛び上がった。
「しゃ、社長」
「いた、芽衣!」
(なんでここに⁉ しかもめちゃくちゃ怒ってる)
とっさに逃げようとするけれど、すかさず長い腕が伸びてきて私の腕を捕らえた。
「離してください……」
「離さない。なんでここまで来て乗らない? 理由を簡潔に説明しろ」
凄みのある声に、肩が大きく跳ねる。
恐る恐る視線を上げると、社長はいつになく真剣な瞳で私を見つめていた。
前髪は乱れ、わずかに汗が浮かんでいるのが見える。
(船から急いで出てきてくれたんだ。私と話すために……)
鼓動が速くなる。
さっき華さんから聞いた話の複雑な気持ちと、自分のことを想ってくれたことが嬉しいという気持ち……。
2つの感情がぐちゃぐちゃに混ざって、途端に涙がこみ上げてきた。
「芽衣、一体何があった?」
「……っ」
(社長の浮気が原因で結婚が破談になったことを知って、ショックで動けなくなりました……。
そう言えばいいの?)
どうやらまだ、私は藤堂快のことが好きらしい。
心配そうな瞳を向けられて、自分の意思が簡単に揺らぎそうになっている。
(芽衣、しっかりしろ……言うなら、今しかない)
ごくりと息を呑んだ後……私は秘書としての平静を保つために姿勢を正す。
そして涙を堪え、社長の深い瞳を見つめた。
「芽衣」
「私……もう社長にはついて行けません。退職させて頂きます」