これを愛というなら~SS集~
繁忙期が落ち付き始めた、ランチの時間ーーー。

副料理長になった俺は厨房を任されていて、普段なら有り得ないのに……

ホール担当の子に、お客様からシェフを呼んでって言われたんですけど、と声を掛けられた。


そのお客様の所へ、挨拶に行くとーー。


「貴方が、坂口 蒼大くん?環奈のお付き合いしてる人?」


派手で、若い男性と来ていた女性に突然、訊かれた。

料理についてだと思っていた俺は、一瞬固まっていて、はい、と少しだけ間抜けな声で答えていて。

環奈の継母だと知ったのは、その後に女性の口から、母です、と告げられた後だった。

数ヶ月前に、環奈から事実は訊いていたから驚きはしなかったけれど、どうして俺の前に現れたのかわからない。

だから……


「そのうち挨拶には伺おうと思っていましたが、自ら来て頂いて何か伝えたいことでも?」


頑なに、両親には会わせたくないと言っていた環奈を何時かは説得して、挨拶くらいはと思っていたから、そう付け加えて疑問を訊いてみるとーー…、


可愛い顔をしてるわね、と。

環奈はね、日本を代表する宝石会社の娘なの、と。

あんな指輪は似合わないのよ、と。

もっと素敵な指輪を送れる男に私がしてあげるわ、と。


意地悪く笑みを浮かべて、予想を遥かに越えた事を言ってきて……

どういう意味ですか?、思わず訊かずには居られなかった。


「環奈の目を盗んで、私の男になりなさい。可愛い顔の男の子は好みなの。私の男になるなら、新しく始める飲食業で貴方を代表として雇ってあげるわ。そうすれば、環奈に相応しい指輪を送れるわ」


意味がわからない。

継母と謂えど、仮にも娘の彼氏に自分の男になれ、なんて。

この人は、ただ娘に俺が送った指輪が相応しくないと思っている訳じゃない。

ただ、若い自分好みの男と欲求を満たしたいだけ。

環奈を女として見ているのか、環奈から俺を奪いたいだけ。

この言葉からは、そうとしか理解出来ない。


「お断りします。僕は、環奈さんを好きですし……此処で働きたいんです。憧れの人に託された場所なので」


「そう……残念ね。でもね……貴方は諦めないわよ」


それだけ言うと、既に会計は済ませていたらしく……

相手の男性に、帰りましょ、と告げて帰って行った。

何も言わずに笑っていた相手の男性は、環奈の継母とは、恐らく割り切った愛人の一人なんだろうな。


諦めないわよって……俺は絶対に環奈を傷つけない。

だけど……どうしたら?

こういう時、料理長ならどう対処するんだろう。

思いきって、相談してみようかな。
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