1分で読める初恋短編集
1:このままで
「どうしたんだよ、一ノ瀬」
 同じクラスの熊井くんの声に、思わず体がビクッとなった。
 彼のことが嫌いなわけでもないのに、今は熊井くんの顔が見られない。
 どうしていいのかわからなくて、ただ震えて彼を見ることしかできないのが嫌になって、自分なんか消えてしまえと思ってしまう。
「なんでもないよ」
 消え入るような声でそう言って前を向いて笑ったけれど、目からは涙がこぼれ落ちていく。
 ぐにゃぐにゃに歪んでいく世界を見ながら「ああ、これは嫌われたな」って思うと同時になんだか安心もしてしまった。
 嫌われたなら、もう彼に期待をすることもない。
 私の小さい胸は、彼のことを考えるたびに苦しくてたまらなくなるから、もう解放されたかった。

 けれど。

「何かあったの?」
 ハンカチを手渡してくれた熊井くんは、優しい顔でこちらを見てくれていた。
 その瞳に、私の顔が映る。
 涙でぐしゃぐしゃの、かわいくない顔。
 目の中にスッと引き込まれた時、私はなんとなく彼が本当に心配してくれているのだと気づいた。
 そんな彼に私は嘘をつく。
「なんでもないよ」
 さっき言ったことをもう一度重ね、涙を拭う。

 拒絶が正解じゃないとわかっていた。
 このまま甘えれば、何か進展があるのかもと思っていた。
 でも、それだけじゃいけないと体の内側で誰かが言う。

 上手くできない自分を、またちょっと嫌いになる。
 だけど、このままでいさせてほしい。

「じゃあ、話したくなったら言ってよ。俺でよければ聞くから」
「うん、ありがと」

 だって、フラれたりしたら嫌だから。
 だから私はこの初恋を前に進めない。
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