鬼の棲む街



一定の間隔で震え続けるそれは絡んでいた視線を解いた


「チッ」


苛々したように身体を離した尋は立ち上がるとポケットから携帯電話を取り出しリビングの隣の部屋へ入って行った



「・・・」



マリンの香りが離れたことで漸くフゥと息を吐き出す

胸がドクドクと強く打って呼吸さえ乱れている


・・・キス、しようとした?


危機的状況を回避したとはいえ尋の意図が分からないうちは此処に居るのは得策じゃない


そっと立ち上がって玄関へ向かうと転んだままのヒールを履いて外へと出た


視線の先には最上階に止まったままのエレベーターが見えて小走りで乗り込もうと腕を伸ばした、刹那


伸びてきた手に捕まった


「・・・っ」


「あら〜意外なところで会うじゃねぇのよ」


反射的に見上げた先には緩い喋りで笑顔を見せる巧が居た


「俺ん家は尋の隣」


・・・鬼の巣窟だ


「あ、の、これは訳があって。ちょっと急いでるからっ」


掴まれた腕を振り解こうとするのに


「折れそう」なんて笑うだけで全く離れる様子も無くてスパイシーな香りに包まれる


「離して」


「嫌だって言ったらど〜する〜?」


唇を尖らせ戯ける巧


いい加減にして欲しいと口を開こうとした瞬間、背後で扉の開く音がした


「・・・っ」万事休す


目の前の巧は私の背後に視線を移し


「珍しい所で子猫ちゃん見つけちゃってさ〜」


ヘラヘラと笑った


「俺が連れてきた」


「へぇ」


「返せ」


「いやいや、子猫ちゃん帰りたかったんじゃね〜の?」


そう言って私を見下ろす巧にコクコクと頷く


「関係ねぇ」


尚も言い切る背後の尋に


「頭から連絡あったんだろ?内輪揉めするんじゃねぇよ」


語尾は緩さが消えて視線は鋭さを宿していた



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