鬼の棲む街



「嘘でしょ」


「美味いんだって」


「美味くて泣くぞ」



連れてこられた裏通りの店の前で暫しの絶句


建て付けの悪そうな木戸に白いペンキで書かれた【焼肉】の文字が乱雑な築何十年かと笑える程のボロ家


それをいい具合に覆うのは排気ダクトから出てくる煙で辺り一体がスモークを焚いたように煙い


「行くぞ」


両手が繋がれているから双子が動けば強制的に連行される


「らっしゃい」


意外なことに店内はオシャレではないけれど煙たくもなかった

慣れたように店内を進み

「此処」

入った個室は割と広めの四人席だった


一人で座りたいと思った私にそんな隙は与えられていないのか

グイと引かれた手によって尋の隣に座ることになった


「子猫ちゃんが前って、良い眺め」


向かい側に座った巧は私を見ながら自分の左手に口付けた


「ねぇ」


「ん?」


「それなに?」


噂の正体を知る絶好の機会到来


「あぁこれね」


そう言って巧は左手を私の前に差し出した


「タトゥ?」


「いや、墨だ」

質問に答えたのは隣の尋

尋も同じように左手を出してきた

並んだ手の薬指には流れるような曲線が文字を作っている

紗香の言っていた噂は本当だ


「ヤクザ入門の証なの?」

態と惚けて聞いてみれば


「違げぇ」
「違うよ、子猫ちゃん」


二人は愛しい誰かを想うような表情で同じように薬指に口付けた


「唯一無二」


尋の呟きに巧が頷いて結局真意は引き出せなかった






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