十六夜月と美しい青色
 母が、煎茶を淹れてくれた。後味の甘い煎茶に、茶菓子に結花の好きな生姜せんべいの取り合わせがとても気に入っている。まあ、渋い好みではあるが。

 「昔から、このお煎餅好きなの。お煎茶にも合うけど、紅茶と一緒もいいわ。もう、凄く個性的な取り合わせよね。結婚も、そうなのかなって思ってるの。こんな私でも、一緒に居て、同じお茶を飲んで、同じ時間を過ごしてお互いの生き方を尊重できるというのが理想かな。お見合いの相手って、柊吾の同級生の梅崎和人さんでしょ?破談になった後に話をする機会があって、私が話したんだけど、その時に自分と婚約しないかって言われたわ。絶対に自分を好きにさせてみせるって」

 やはり、二人とも驚いていた。

 「確かに、梅崎さんだ。最初にお話が来た時に、釣書は預かっている。これだ」

 結花は、テーブルに置かれた白い封筒を手に取った。中にある写真を見ると、推測が確信に変わって溜息が漏れた。あれから2か月ほどの時間が過ぎていて、時々トークアプリにたわいもないメッセージが入っているくらいの、着かず離れずの距離を保っていた。年末の繁忙期を迎えて、彼も出張があったようだし忙しくしていて電話すらなかった。それなのに、柊吾には結花のことを尋ねる連絡をしたり、突然お見合い話を持ってくるなんて何を考えているんだろうかと(いぶか)しげに思った。

 「えっ、じゃあもうそういう話になってるのなら、どうしてあんなに何度も足を運んでくださるのかしら」

 驚いた母が、結花に前のめりに聞いてくる。

 「私が、それを断ったからよ。だから、お付き合いしているわけでもないの。自分が私を横取りしたようにして婚約すれば、私に対して世間からの風当たりも強くならないからって。私を守るためにって、その時にはそう言われて納得できるほど気持ちの整理なんてついてなかったし、本当に私のことを想ってくれてないと結婚なんて考えられない。その場の勢いだけで言われたようで、素直に受ける気持ちにはなれなかったの。正直、いまも恋愛とか結婚とか考えたくないかな」

 淡々と話す結花と対照的に、父の渋い顔が、更に渋くなった。

 「そうは言っても、お前に対して何かしら真剣な思いがあるんじゃないか。そうでなければ、あんなに足しげく通って、頭を下げるなんてことするか…?」

 大きなため息とともに、父は結花を見た。

 「わかってる。だけど、お会いしたからってどうかなるとは思わないで。自然の成り行きに任せてみたいの。それでよければ、先方にお返事をしておいて」

 ほっとした表情の父とは対照的に、母は納得のいかない顔をしていた。

 「結花、断ってもいいのよ?無理しなくても、焦る必要はないのだから…」

 「母さん、そう言わずに結花の気持ちに任せてみようじゃないか」 

 父は、隣で心配そうに話す母の手を取り、(なだ)めるように触れていた。この年になっても、お互いを大切に思いあっている両親のことを、結花は自慢に思うとともにそんな結婚にあこがれを持っていた。

 「先方のたっての希望で、この土曜日に一席設けられているんだよ。支度もあるだろうから、前の日から帰ってきなさい。母さんに、仕度を手伝ってもらうと良い」

 「わかったわ。それと、いろいろと心配してくれてありがとう」
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