十六夜月と美しい青色
 そこでは、和人と彼の両親が先に来ていて、両家の親同士で簡単なあいさつを交わしていた。

 そして、結花が来るのを待ちわびていた和人は、何のためらいもなく最後に入ってきた結花の手を取った。

 「会いたかった」

 甘く囁く声に誘われるように、結花はいつの間にか和人の腕の中に絡めとられてしまっていた。

 「えっ…」

 予想だにしていない状況に理解が追い付かず、結花は頬が紅潮して俯いたまま和人の腕に抱き寄せられていた。

 「和人、少しは遠慮しなさい」

 その様子に気づいた和人の母親が、息子を(たしな)めるよう声をかけた。その声に(ようや)く自分の置かれた状況が理解できた結花は、いくら知らない相手ではないにしろ、見合いの席ではあり得ない和人の行動に驚きと恥じらいを隠せなかった。

 「えっ、ちょ、ちょっと離して…」

 結花は力一杯に和人を突き放そうとするのに、腰に回された両腕が以外にも力強く、なかなか放してくれなかった。

 この場にお互いの両親が居る事なんて全く気にもしていない和人が、母親からの何度目かの、多少の苛立ちのこもった強く窘める声に漸く諦め、結花を抱きとめていた腕を離した。

 お互いの両親の前でのその出来事に、結花は恥ずかしさのあまり顔を上げることが出来なかった。

 そんな結花の様子を、和人は愛おしく見つめていた。
 
 父親たちは、そんな二人の様子を知りながらも、両家の仕事の事や本人たちのことなど親の方が話に花を咲かせ始めた。やはり、仕事のことが話のメインになっているのを見ると、お見合いなのか仕事なのかわからない様子の父の姿に結花は自然と笑みがこぼれた。

 しばらく、そんな様子で時間が経っていく。その間も、和人の視線は優しいまま結花を見つめていた。

 結花も、その視線に不思議とさっきまでの恥じらいが無くなっていくのを感じていた。

 「お父さん、いい加減にしないと結花さんに逃げられてしまうわよ。和人が必死で頼み込んだお見合いだって言うから、どんな素敵なお嬢さんだろうって楽しみにしていたんですけど、こんなに素敵なお嬢さんなら、和人が焦ってしまうのもわかるわ。息子に嫌われないように、いい加減仕事から離れることが出来ないかしら?」

 和人の母が、場を仕切り直す様に和人の父に声をかけた。どうやら、和人の両親も、このお見合いの経緯も多少は知っている様子だった。

 「しかし結花さん、どうも、和人が随分お宅を訪ねてご無理をお願いしたみたいだね。こちらの我儘を聞いていただいたようで申し訳ない」

 「いえ、そんなことはありません。正直、父からこのお話のことを聞いたときには驚きました。けれど、父の話から和人さんの必死な姿が想像できて、もう一度お会いしてみようと思うようになりました」

 「それなら、愚息の努力も報われたのかな。なあ、母さん」

 さっきまで、結花の父と話していた時の和人の父は、確かに会社の要職を担っている緊張感のある雰囲気を纏っていたように感じた。それなのに、結花に話しかける様子は、父が自分と話している時と何ら変わりのない雰囲気だった。だからか、白髪が多めの好々爺然(こうこうやぜん)とした風貌(ふうぼう)からは、大きなショッピングモールを経営している創業家の人間の、人の上に立つ責任を背負っている様子を全く感じさせなかった。

 「そんな甘いこと言って、これからですよ。さっきも突然、結花さんを驚かせるようなことをしてしまって。こんな素敵なお嬢さんを、お嫁さんに迎えようとしてるんですよ?良いご縁が結べるように、まだまだ頑張らないと」

 
< 23 / 46 >

この作品をシェア

pagetop