コインの約束
◎ 私の決心
修学旅行から戻り、私が学校へ行けるようになってから1か月が過ぎた頃には、私と和真の関係も少しずつ変化してきていた。
変化したことと言えば、
私は和真と同じ大学に行くことを目指し、放課後に図書室で勉強を始めたこと。
こんな私を見て、湊が一人焦っている。芽衣の裏切り者って言われるけど、もう赤点で補習するの、いやだよ。
そして図書館で勉強した後、和真の部活が終わる少し前に体育館へ向かい、2階から和真の練習を観て、それから一緒に帰る。
和真はどんなに疲れていても必ず私を家まで送ってくれるようになって。
時々、送ってくれたついでにうちで夕飯を食べたりすることもある。
私の両親が和真を快く迎え入れてくれるようになったんだよね。
和真もすっかり柚木家に馴染んでる。
なにより一番変化があったのは、和真の態度で。
今日もうちで夕飯を一緒に食べて、私の部屋へ転がり込む。
部屋に居るというのに、手を繋いでくる。
一言で言うと、和真は私に甘くなった。
「芽衣、お願いがあるんだけど。」
「なぁに?珍しいね、和真からのお願いなんて」
「俺のさ、唇。芽衣で消毒して欲しい」
私は和真が何を言わんとしているのかすぐに理解した。
京都で、不意に高柳さんからキスされて。その時の消毒をして欲しいってことでしょ?
前に皆から私は鈍感だって言われたことがあったけど、これくらい私にだってわかるよ。
全然鈍感じゃないよね?
「いいよ。はい」
そう言って私は和真に向き合い目を閉じた。
「芽衣、違うよ」
えっ?違うの?そう言うことじゃなかったの?
私は顔が真っ赤になった。
「和真のバカ。恥ずかしいよ」
「ははっ。芽衣は可愛いな。そうじゃなくてさ、芽衣がしてくれないと消毒にならないだろ」
「なっ!なに?やだ、和真。そんなこと、改まってお願いしないでよ」
「はい」
と、今度は和真が私の方を向いて目を閉じた。
私はそーっと和真に近づき、触れるだけのキスをした。
「そんなんじゃ、消毒にならない。もう一回。はい」
私はさっきと同じように触れるだけのキスをしたんだけど、和真に頭を抱え込まれて逃げられなくなった。
和真は今までにしたことのない、キスを返してきて。
息が苦しくなる。
角度を変えて何度も何度も。
「ふっ、あっ」
唇が離れた瞬間に息を吸う。でもすぐにまた口をふさがれる。
こんなキス、もう無理。和真、ギブだよ!
私は和真の胸をパシパシと叩く。
和真はそんな私にお構いなしに、私の口の中に舌を入れてきた。
「んっ・・・ふぁっ」
私はドキドキを通り越して、めまいを感じた。
「か、ずまっ。も、だめっ」
やっと和真の唇から解放された。
私は恥ずかしすぎて、顔を見られたくなくて、和真の胸に顔を埋めた。
「芽衣、本気で大好きだから。芽衣のことは俺が守るから。ずっと」
そう言って和真は抱きしめ返してくれて、頭を優しく撫でてくれた。
「うん。私も和真が大好きだよ。私も、和真のこと大切にするからね。何があっても」
私は、キスのその先に進みたいと思っていた。
あれほど見せるのが怖かった胸の傷も、和真なら隠さず全てをさらけ出せるよ。
でも、和真はキス以上を求めてこない。
私とは、そういうことしたくないのかな?って不安になる。
私って、そんなに魅力ないの?
「和真、私ね。和真と・・・・。」
待って。こんなこと、女の私から誘ってもいいの?和真に引かれない?
「ん?なに?俺と?」
「あの。今度ね、その。和真に私の傷、をね。見てもらいたい」
「芽衣、それってどういう意味?医学的な意味なの?それとも…」
私から言ってもいいの?
でも和真となら、そうなりたいって。
「後者の、意味」
「芽衣、いいの?本当に、そう思ってくれてるの?」
「うん。和真と、そうなりたい。でもね、和真って私に興味ないのかなって、少し不安なの」
「俺がさ、芽衣のこと興味がないなんて、そんなことあると思う?俺、いつだって芽衣を押し倒してしまえたらいいのに、って思ってるんだけど。本当は今も頑張ってるんだよ。理性を失わないように戦ってる。もう俺を解放してくれるの?」
和真も私のことを求めてくれていたんだね。嬉しい。
私、全然不安じゃないよ。
和真が抱きしめていた腕を解き私の頬に両手を添えて強制的に和真と目を合わせさせる。
私たちは見つめ合って。
「ずっとずっと大事にするから」
そう耳元で囁かれて、耳にキスをされた。
「あぁ、ここが芽衣の家じゃなかったら良かったのに」
「ふふっ、もう少し我慢してね、和真」
私の決心の告白をした日から、その日がいつ来るだろう、とずっと考えていて。
やっぱり初めての日はクリスマスかな?とか、勝手に想像するんだけど。
あと一か月、和真は待っていてくれるかな。
私はクリスマスに向けて、短期のアルバイトをしようと思ったの。
「和真、少しの間一緒に帰れないの。バスケも観に行けないんだ」
「どうして?何かあったの?」
「あのね、一か月だけアルバイトしようと思ってて」
「なんで?急にアルバイトだなんて」
「クリスマスに、一緒にね。過ごしたいから・・・」
「だからって、アルバイトが必要なの?俺は毎日一緒に居たいよ」
「うん、私も毎日一緒がいいよ。でもクリスマスは朝まで、一緒がいいの。」
「あー、もう芽衣!そんなことさ、芽衣が心配する必要ないんだって」
「でも、お金かかるしさ」
「本気で芽衣がクリスマスを一緒に過ごしてくれるって言うならさ、俺に任せてくれないか?」
わぁ、和真からデートを計画してくれるって、珍しい。
「じゃあ、私は何をすればいいの?アルバイトはしない方がいい?」
「アルバイトってさ、何をしようとしてたの?」
「これから探すつもりだったの」
「そっか。何かやりたいことがあるならいいんだけどさ。本当にクリスマスだけのためにするアルバイトなら、そっちより俺と毎日一緒にいる方を選んで欲しい、かな」
「和真に甘えちゃっても、いいの?」
「こんなの甘えるうちに入らないでしょ。俺が一緒にいて欲しいってお願いしてるんだから」
「うん。ありがとう。和真って、本当に優しいね」
「当たり前だよ。芽衣限定だからな」