コインの約束
◎ 秘密

家に戻っても、ずっと和真のお父さんの言葉が頭から離れなくて。


『和真はもしかしたら一生車いすの生活になるかもしれないんだ』


そんなこと、あるわけないって思っても、不安で。

和真の心が壊れてしまわないか、怖くて。

一人、部屋で震えていた。

そんな真夜中。メールが届いていたことに気が付いて。

メールの受信時間は夜7時。誰?

メールを開くと、湊からで。

≪芽衣、今頃結城とラブラブかぁ?いいなぁ、お前ら。俺さ、凛とダメかも知れねー。女心がわからん。そのうち、愚痴でも聞いてくれよな!じゃ、メリークリスマス!≫

湊・・・。また凛ちゃんと喧嘩でもしたのかな?

喧嘩できるって、羨ましいんだよ。今の私は和真と喧嘩もできない。

私がしっかり和真を支えなきゃいけないのに、心が折れそう。

一人になると、心が潰されそうになる。


≪湊、遅い時間にごめんね。凛ちゃんと喧嘩でもしたの?早く仲直りしなよ。今日はクリスマスだよ≫

あ、メリークリスマスって入れるの忘れた。

もう一度メールする。

≪湊、メリークリスマス≫

すると湊はまだ起きていたようで

≪芽衣、ありがとう。今夜の芽衣は俺なんかに構っていられないのかと思ったから、返事来てびっくりだ。結城と仲良くな!≫

湊からのなんて事のないメールに少しだけホッとして。

携帯を机の上に置いたとき、携帯に電話が掛かってきた。

まさか、和真に何かあった?

携帯の着信相手を見るのが怖かった。

もし、和己先生の番号からだったら・・・。

病院の番号からだったら・・・。

怖い。不安で手が震える。私は着信の相手の名前を確かめずに携帯に出た。


『芽衣?俺、俺!まだ起きてるみたいだから、お前たちの邪魔してやろうと思って、電話したー』

『えっ?湊?湊なの?』

『おう。結城はどうしてる?ちょっと結城に代わってくんない?男同士の話がしたいんだけど』

その電話は湊からだった。

湊の声を聞いた瞬間、それまで我慢していた涙が一気に溢れていた。

『湊。和真は、ここにはいないよ』

『へっ?なんで?お前たち那須へ旅行に行くって言ってなかった?』

『みなとぉー。私、怖いの。どうしていいか分からないの、助けて、湊』

『芽衣、どうした?なんで泣いてんだよ?何があった?』

『和真がね、和真が・・・ぐすん』

『結城がどうした?泣いてないで話せよ』

『和真が事故に遭って。足がね、足が動かなくってね。どうしよう、みなとー』

『はぁ?結城が事故って?芽衣、今どこ?病院なのか?』

『ううん、家にいる。和真のお父さんに帰るように言われて。私、私・・・』


『芽衣、電話切るなよ。ちょっと待ってろ。切るなよ。そのままだぞ』

湊は何を始めたのか電話の向こうからバタバタと大きな物音が聞こえてきて。

『もしもし、湊?』

私の呼びかけにも答えてくれない湊。

遠くの方で 「ちょっと出かけてくるわー」と誰かに言っている湊の声。

しばらくそのまま携帯を耳に当てて、私はただの風の音を聞いている。

湊は電源を切らずに何かをしているようだった。

・・・・この時間って、なに?

しばらくすると湊がやっと話し掛けてきた

『もしもし。芽衣、お前の家、どれだ?』

『は?私の家って?何言ってんのよ?』

『部屋から顔出せよ。あっ、見つけた!柚木って表札』

まさか、湊?うちまで自転車で来たの?

私は急いで2階の部屋から外を覗く。

そこには自転車にまたがり、携帯を片手に持ち、私に手を振る湊がいた。

『芽衣、出てこれるか?』

まだ携帯で話している。

『湊、何してるの?バカじゃないの!ちょっと待ってて』

私は携帯を切り、急いで玄関を出た。


私を見ると、湊が

「おう!」

と、お気楽な声を掛けてきた。

「湊、もう真夜中だよ。高校生が、ダメじゃん!」

「何言ってんだよ。芽衣は高校生のくせに外泊しようとしてただろ!」

「・・・・。」

「あっ、ごめん。芽衣。それよか結城が事故に遭ったって、なんだよ」

玄関の前だと話し声がうるさくなるから、近くのコンビニにの駐車場まで移動しながら、湊に状況を話した。


「お昼にね、待ち合わせしていたんだけど和真は来なくて。そしたら待ち合わせに向かっている途中で子供を庇って和真がバイクに追突されたって、和真のお兄さんから電話が来て」

「それで?結城はどうなんだ?大丈夫なんだろ?」

「緊急手術して。今日は最悪のことしか言われなくて」

「医者はなんて?」

「もしかしたら麻痺が残って一生車いすかも・・・・って」

私は堪えきれずに泣いてしまった。

「マジでか?本当に?」

湊だって突然そんなこと聞いたら嘘かと思うよね。

私だって、まだ信じられない。

「みなとぉ。私、怖いよ。どうしたらいいの、湊」

湊は凄い力で私を抱きしめて。

「芽衣、大丈夫だ。結城はそんなに弱い人間じゃない。絶対に大丈夫だから」

私は湊の胸を借りて泣いた。今夜だけ。今夜だけ湊を頼らせて。


「湊、湊。ふぇーん」

「大丈夫だから」

湊は抱きしめながら私の頭を撫でてくれていた。ずっと、ずっと。


湊の腕の中で安心したのか、泣くのに疲れてきた私はだんだん眠くなってきて。

「湊、眠くなってきたから、帰る」

なんて、湊に酷いことを言って。

「芽衣さー、気持ちの切り替え早すぎんだろ。ま、いいけどさ」

「湊、ありがとう。少しだけ不安が消えたよ」

「なんだよ、少しだけかよ!」

私はそんな湊に力なく微笑んで、

「少しじゃないよ。湊が来てくれて嬉しかったよ」

って小さい声で呟いた。

「今度、凛ちゃんの話聞くね。早く仲直りし・・・」


えっ?なに? 湊?


「あっ、えっ?ご、ご、ごめん、芽衣。えっ?俺?今、何した?」


「なっ、なにもしてないよ、湊」



・・・・不意に、湊に、キスをされた。




私は、何もなかったことにした。


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