コインの約束
◎ 和真の努力

翌日、和真の病室を訪ねると和真は起き上がることができずベッドに横たわっていて、腕を目の上に乗せて表情を隠していた。

もしかして、泣いているの?

私は病室に入る前に笑顔を作って、明るく挨拶しながら病室へ入った。

「和真、おはよう」

「あぁ、芽衣・・・」

和真に笑顔が無い。

「和真、痛いの?」

「んー。そうだね。体が動かないんだよ」

「少し、お話できるかな?辛かったらやめとくけど」

「ん。芽衣、クリスマスの約束、ごめんな。守れなかった」

「そんなの、大丈夫だよ。心配しないで」

「芽衣、もうここには来なくていいから」

「えっ?和真、何言ってるの?」

「親父から聞いたんだろ?俺のことはもういいから」

「和真、私は和真の側にいたいの。どうして、ダメなの?」

「芽衣を見ているのが辛いんだよ。俺はもう芽衣を守ってあげられない。芽衣を笑顔にはできない。芽衣の未来から俺を消してくれ」

「何を言ってるのか分かってる?どうして私の未来から和真を消さなきゃならないの?ずっと和真の隣に居たいって言ってるじゃない」

「芽衣、ごめん。もう帰って」

「イヤだ。帰らないよ。和真が苦しんでいるのに、どうして私が和真から離れられる?」

和真は私から顔を背けて寝返りできない体を少しだけ動かした。

「痛ってぇ。分かるか、芽衣。少し動いただけで激痛が走るんだよ。それでも上半身はいい。まだ痛みを感じられる。でも俺の足は痛くないんだよ。ボルトを入れられてるってのに、なにも感じないんだよ」

「昨日手術したばっかりだよ。そんなすぐに治るわけないでしょ。リハビリできるようになったら、一緒に頑張ろうよ。和真ならでき・・・」

「そう言うの、やめてくれよ!どう頑張るんだよ。もう足の感覚がないんだ。リハビリだってできないんだよ」

和真は大声で怒鳴った。

私は少しひるんだけど、そんな風に言われるなんて想定内だよ、和真。

「そうやって私に当たればいい。言いたいこと言えばいい。私はすべて受け止める。和真のすべてを受け止めるから」

「簡単なことじゃ、ないんだよ・・・」

「うん、簡単じゃないことは分かってる。それでも一緒に前を向くの」

「芽衣、お願いだから・・・・。もうこれ以上」

「和真に嫌われたって、私はここにいる。嫌いになってもらってもいい。強い和真も弱い和真も全部私の好きな和真なの。和真と一緒にいたいの」


そんな言い合いをしていると、

「和真、芽衣ちゃん」

ドアの外から和己先生が顔を覗かせた。

「和己先生」

「和真、どうだ?痛いか?」

「痛いんだか痛くないんだか、わかんねーよ。なぁ兄貴、芽衣を連れてってくれ」

「ばーか!そんなことしたって芽衣ちゃんはすぐ戻ってくるだろ。な、芽衣ちゃんは和真が大好きなんだもんな」

「もちろんです。何度追い出されたって、ここに戻ってきます」

「和真、外科の先生と話したんだけど。今後一週間は安静に過ごして、それから車いすに乗って少しずつリハビリを始めるぞ。その時に感覚が取り戻せたら、もう腰の負傷は大丈夫だそうだ。走れるようになるし、元の生活に戻れるって。あとは足に入っているボルトをタイミングを見て抜く。お前は完治するよ」

「ほんと?和己先生!!本当に和真は大丈夫なの?」

「ああ、リハビリをサボらなければな」

「はい!それは任せて下さい。私、ずーっと和真を監視していますから」

「兄貴、それは本当なのか?俺、元に戻れるのか?」

「ああ、外科の先生がそう言ってるんだ。しっかりリハビリしろよ。芽衣ちゃんのためにも」

和真の目から大粒の涙が一粒零れた。

「和真、頑張ろうね。私もサポートするから。必ず歩こう」

そう和真を励ましながら、流れた涙をそっと拭いてあげた。


翌日も和真の病室を訪ねた。

昨日は寝返りすることもできなかった体なのに、今日は上半身を起こして、ベッドに寄りかかっていた。

「和真、凄い!もうそんなに動かせるようになったの?」

「芽衣。俺、頑張るわ。芽衣より走るのが遅いなんて、俺のプライドが許さないからな」

「うん。そうだね。和真は私の先を歩いていてくれなきゃ。私、迷子になる」

「俺より芽衣の方が先にいるだろ、いつも」

「そんなこと、ないよ。和真は私の目標なの。いつでも、そうなの」

「芽衣にきつく当たってしまったこと、ごめんな。それと、俺の病室に来てくれる時、いつも笑っていてくれてありがとう。俺、どれだけ芽衣に助けられているか分からないよ」

「ううん。私の方が和真にいっぱい助けてもらってるよ」



それから冬休み中は毎日和真に会いに行った。

和真は驚異的な回復で、行くたびにできることが増えていて、驚かされる。

リハビリもスタートして。

最初は車いすへ乗るだけでも大変だったのに、一週間も過ぎた頃には車いすでどこへでも行けるようになった。

そして回復している証拠に、ボルトを入れた足が痛みだしたみたい。

痛みの感覚が戻ったのは、神経が死んでいなかったということ。

和己先生はそんな和真の回復に脱帽していた。

「和真はもう大丈夫だよ、芽衣ちゃん。毎日和真のことを、ありがとう」


病室で二人きりになると、以前の和真に戻って。

私に甘えてくる。

和真の気持ちに余裕が出てきたんだと、甘えられることが嬉しかった。

「芽衣ぃ。手が痛い。だからリンゴ食べさせて~」

って。 手はケガしてないよね?

それでも私は和真を甘やかす。

「もう、今だけだからね。退院したら私がうんと甘えるんだから」

そう言って、皮を剥いたリンゴを一切れ口に入れてあげた。

リンゴをシャクシャク食べながら和真が言う。

「芽衣ぃ。心が痛い。だから芽衣を食べさせて~」

「なっ、何を言ってるの!バカ」

私は不意に言われた言葉に反応して、真っ赤になった。

「芽衣、こっち来て。ぎゅってさせて。俺、芽衣が足りない」

私は真っ赤になりながらも、和真の近くへ移動する。

ベッドに座っている和真を私から包んだ。

「和真、治ったら今度こそ那須に連れていってね。私も和真不足だよ」

「よし!歩けるようになったら、約束な。今度こそ、芽衣と一つになるんだ」

「そう言う意味じゃないんだってば!バカ!」



和真はそれからもリハビリを頑張り、とうとう松葉杖を使って歩けるまでになった。

回復が早く、病院の先生たちも和真には驚かされていた。

そして、事故から一か月後、和真は無事に退院した。

学校へも来ることができて、クラスの違う私は休み時間のたびに和真のクラスまで行き、和真の様子を見守っていた。

何故か、湊も一緒に。

湊とはその後、何事もなかったように接している。

あんな出来事があっても、湊は大好きな親友だよ。

和真の怪我の原因が子供を助けて事故に遭ったと話していたから、湊の中で和真はヒーローになったらしい。

「結城、なにかあったら俺に言えよ。いつでも芽衣と助けに来るからな」

「助けてもらうなら、芽衣だけでいいよ。湊は要らない」


そんな会話を和真のクラスで話していると、少し離れた席から高柳さんが聞こえるような声で

「あぁ、鬱陶しい。毎時間別クラスの人に来られたらこのクラスの雰囲気が悪くなる。それに、医者の息子っていうブランドがあった人も、ケガして歩けなくなったんじゃ、まったく魅力無いわね」

私はもう我慢の限界だった。

それは湊も一緒で。


私と湊は声を揃えて

『ちょっと待てよ!バカ女』
『ちょっと待ちなさいよ!性格ブス』

私と湊は高柳さんに詰め寄り、

『結城はヒーローだろ。とことん可哀想な女だな。どこかへ失せろ』
『和真の魅力が分からないなんて、可哀想ね。どこかへ消えて』


そんな私と湊を見て、和真が目を細めて言った。




「お前たち、本当に似てるな」



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