コインの約束
◎ 名前呼びって特別?
今朝は暑さで目が覚めた。どうしてセミってこんなに早朝から鳴いてるの?暑さに拍車をかける声だわ。
もう二度寝もできる時間じゃないし、少し早いけど学校へ行く支度をして、めずらしくお弁当を作ってみた。
もうすぐ夏休み。
夏休み前の定期考査は散々だった。
由真と夏樹は成績優秀。廊下に張り出されるテストの成績順トップ30人に必ずエントリーしてるんだよね。
そして、問題は私と湊。
私たちの成績はドングリの背比べで、赤点を取る教科も同じ。
この前の赤点は数学と物理。
赤点組は夏休み中の夏期補習に強制参加させられるから、私と湊は抱き合って泣いた。何が悲しくて夏休みに勉強よ・・・。
今日は学校へ行く準備が早くできたから、めずらしく1本早い電車に乗った。
電車のドアにおでこを付けて、流れる景色を見ながら盛大な溜息。
はぁー、夏期補習、やりたくない。
「芽衣?」
うなだれている私に声を掛けてきた人。
「ん?結城くん?おはよう」
「大丈夫?ドアに寄りかかってるけど、具合悪いの?」
「へっ?大丈夫、元気だよ。多分ね」
「多分、ってなに?体調悪かったら言って。芽衣ってさ、まだ通院して・・・。」
「えっ?通院?」
「いや、なんでもないよ」
結城くんから”通院”という言葉が出たのは、どうして?
私、病気のことを由真にも話していないのに。
私のことを前から知ってるって、結城くんは言ってたよね。
結城くんとは前にどこかで会ったことがあるの?
私は病気のことを悟られないように無理に明るく答えた。
「体はすっごく元気だよ。元気だけが取り柄だもん。ただね、来週からの夏期補習の事を考えてたらさ。自分が情けなくてさ」
「ははっ、もしかして赤点取った?」
「笑い事じゃないもん。しかも2教科だから補習も2倍だよ」
「マジで?芽衣って、お馬鹿さんだったの?」
「お馬鹿って!酷いよ、結城くん」
私は拗ねて結城くんから目線を外した。
「ごめん、ごめん。芽衣の色々なことが知れて嬉しいんだよ。本気でバカにしたわけじゃないから」
「じゃあさ、結城くんはどうなの?頭いいの?お馬鹿なの?」
「ふっ。学校へ行ったらトップ30の張り紙見てごらんよ。なんなら勉強教えてあげてもいいけど?」
そう得意気に言う結城くん。
「なによ、なんかイヤな感じ!」
そう言って私は笑った。きっと結城くんは頭がいいんだろう。少なくとも、私よりは。
「ねぇ、芽衣。まだ俺のこと名前で呼んでくれないの?俺、ずっと待ってるのに」
「いいよ。名前呼び。で、結城くんの下の名前ってなんだっけ?」
私はさっきバカって言われた仕返しに、意地悪くそんなことを言ってみた。
「はぁ~。マジか。俺、今凄い衝撃を受けたわ。ここまで芽衣がお馬鹿さんだったとは」
「なっ!!!酷い!覚えてるよ、和真でしょ!」
「・・・・。」
あれ?和真で合ってるよね?まさかの間違い?
うわっ!人の名前を間違えるなんて。最低だ、私。
「か、ずま・・・だよね?」
「俺、ヤバい。芽衣が言う和真って」
やっぱり和真で合ってるんじゃん!驚かさないでよ。
「何わけ分からない事言ってるの?和真?」
和真はそれ以上何も答えてくれなくて、少し赤くなった顔を隠すように下を向いて、私から目線を逸らした。
以前、和真のお友達2人が言っていたことを思い出す。
『和真は女の子に対して優しくないし、話し掛けないんだよ。しかも下の名前で女の子を呼ぶなんて、考えられない』
あのお友達の話って、嘘だよね。普通に話し掛けてくれるし、一緒に笑ってくれるよね。それに私のこと初対面の時から『芽衣』って呼んでたし。
電車が学校の最寄り駅に到着し、同じ制服をきた学生たちがぞろぞろと電車を降りる。
私と和真は電車から降りた生徒たちの一番後ろで、学校までの道を2人で歩く。
なんか、変な感じ。見慣れない組み合わせだよね。
「そう言えば和真ってさ、部活なにかやってるの?」
「んー、バスケ部だけど。芽衣はバスケとか興味ないよな?」
「バスケって観た事ないかも。夏樹と湊のサッカーなら良く観るんだけどね。バスケ部には知り合いがいないしね」
「じゃさ、夏休みの夏期補習が終わった時間に体育館に来てよ。もうバスケ部に知り合いができたんだから、観に来てもいいだろ?」
「うん、分かった。デートの予定が入っていないときに観に行くね」
「へぇー、そんなこと言うんだ?芽衣のくせに、生意気だ!」
そう言って和真が私にヘッドロックしてきた。って言っても優しく腕を首に回されただけなんだけど。
さすがバスケ部、並んで歩くと私と和真の身長差は20センチ以上あって。和真の腕が丁度私の首に巻き付きやすい位置にある。ってさ、そんなことはどうでもいいのよ。
何?この状況。和真に巻き付かれてない?恥ずかしいんですけど。
「ちょ、和真ってば。やめて。恥ずかしいよ。離して!」
そんな私たちの後ろから、湊が歩いて来ていたなんて気付かなかった。
和真と別れて教室に入ると、先に来ていた由真と夏樹に挨拶をして合流した。
私の後から湊も教室に入ってきて。
いつもなら湊も合流するのに、今日は自分の机に座るなり突っ伏した。
「湊?どしたの?具合悪いの?」
私が湊の所まで行って、声を掛ける。
「んー。何でもない。ちょっとほっといて」
私の顔も見ずに鬱陶しそうにそう言った。
「なによ、湊。心配してるのに」
すると湊は顔だけ私の方に向けて、
「なぁ、芽衣。アイツってさ、芽衣の何?」
「アイツ?アイツって誰の事?」
「お前を助けてくれたヤツだよ。さっき仲良く登校してたヤツ」
「あぁ、和真?和真は・・・なんだろう?友達?なのかな」
「和真、って呼んでんのか?」
「そうだね、そう呼んで欲しいって言ってたから」
それを聞いた湊が急に席を立ちあがり、廊下へ出て行った。
この様子を見ていた夏樹が急いで湊の所へ駆けて行く。
「湊、ちょっと待てよ。分かるけどさ、5組へ行ってどうするんだよ」
そう言って夏樹が湊を引き留めた。
私は由真に
「ねぇあの二人、どうしたの?特に湊がさ、変じゃない?」
「芽衣、あのさ。一度、湊と二人で話して欲しい。何を言われても逃げないで」
「なんで湊と二人で?」
由真は少し悲しい顔になって、
「お願いね」
なんて言うから、それ以上は何も聞かずに
「分かった」
そう答えた。
その日のお昼休み、夏樹と由真が私たちを二人にしようとしているのが分かったから、私から湊を誘った。
「湊、今日は久しぶりに中庭で食べない?」
「えー、外は暑いからヤダ」
湊にあっさり拒否られた。
「なによ、私が珍しく作ってきたお弁当を半分こしてあげようと思ったのに!じゃ、いいもん。夏樹と半分こするもん!」
「ちょっと、待てよ。食べるから。半分こして。ほら早く中庭行くぞ、のろま芽衣」
「湊!待ちなさいよ!なに急に態度が変わってんのよ!」
なんだかいつもの湊に戻ってるから少し安心した。
私と湊は中庭の日陰になっているベンチに座り、お弁当を広げた。
「やっぱ外は暑いな。日本の夏をなめたら死ぬぞ」
「何言ってんの、湊。いつも炎天下の中でサッカーやってるじゃない。これくらい平気でしょ?」
「俺はナイーブにできてんの、芽衣と違って」
「なんだと、湊!私の方が湊より100倍ナイーブだ!」
そんな不毛な言い合いも、いつも通りで心地いい。
「はい、卵焼き。今日はだし巻きだよ」
「俺、甘いのがいい」
「じゃ、あげなーい」
「無理!もらう」
そう言って私が箸で掴んだ卵焼きに口を近づけて「パクっ」と食べる湊。
「ん、うまい」
そんな湊を見て、私はふふっと微笑んだ。
そんな私の顔をじっと見つめてくる湊。
「なぁ、芽衣。アイツのこと、好きなのか?」
「さっきから湊の言うアイツって、和真のことなんだよね?」
「ん」
「和真は、助けてもらった人で。それだけだよ。他に何があるの?」
そう湊に言ったけど、心臓はドキドキしてて。
「じゃ、俺は?芽衣にとっての俺って、どんな存在なの?」
「とっても大好きな友達。いや、親友かな」
「そっか、親友か」
「うん。本当に大切な親友だよ。もしさ、湊に彼女ができたとしても、私は湊と親友でいたい。そんなのは、無理なのかな」
私は本当に由真、夏樹、そして湊とは一生の友達でいたいと思ってる。
「ん、分かった。じゃさ、もし芽衣に彼氏ができて、別れたとするだろ。その彼氏とはそこまでの付き合いだけど、俺たちは死ぬまで一緒にいられるんだよな?」
なんか、遠い未来の話になってるけど、湊の言っていることは間違えてないよね?
「そうだよ、湊。死ぬまで親友でいてくれる?」
「おう!俺は芽衣の介護でも下の世話でも何でもしてやるぜ!」
「ばっ、ばか!そう言う意味じゃないわ!!」
・・・・、こんな話でいいのかな?由真、私なにか間違えてる?
それから湊は普段の湊に戻り、私のお弁当の半分以上を食べた。