コインの約束
◎ 夏休み

今日から夏休み。やったー、いくら寝坊しても誰にも文句は言われない!サイコー!!

じゃ、ないんだよね。私と湊だけは・・・。

赤点を取った私は、夏期補習を受講するために、いつもの時間、いつもの電車に乗っている。

なんで夏休みなのに、制服着て学校へ向かってるの?悲しくなってくる。

補習の教室で湊と合流する。湊は部活のTシャツに短パンと涼しげな恰好。

ずるい、湊だけ涼しそう。

湊は補習が終わるとすぐに部活へ合流しなければならないからね。仕方ないか。

「湊、おはよー」

「芽衣、おはよ。今日から2週間、頑張ろうな。そうだ芽衣、知ってた?補習の最終日にテストがあるらしいぞ。それでまた赤点取ったら、進級がやばいって」

「はぁ?そんなの聞いていないんですけど!!無理だよ、私、物理できないもん」

「俺、数学が壊滅的だーーー」

2人で肩を組み、

「また来年も2年生やろうね、裏切りはナシだよ」

なんて、テストを受ける前から諦めていた。


たった2時間の補習のために2週間も学校に通うの、しんどい。

湊はそのまま部活に行くから学校に来る意義はあるけどさ、私は補習が終わったら家に帰るだけ。

つまらないよーーー

初日の補習が終わり、湊が急いでサッカーの練習に向かう。

「芽衣、練習観てく?あー、でも外は暑いから止めといたほうがいな。早く帰って昼寝でもしとけよ!じゃな!また明日」

「うん、湊も練習頑張ってね。バイバイ」

湊と別れて、一人寂しく校舎を後にする。

本当に暑いな。かき氷が食べたい。今日はブルーハワイの気分。


ふっと気づくと体育館からバレー部かバスケ部の練習の音が漏れている。ボールがバウンドしている音。

そう言えは、和真はバスケ部って言ってたな。練習を観にこい、とも言ってた。

観に行ってみたいけど、部外者が体育館に入ってもいいのだろうか?体育館の部活なんて観に行ったことがないから、自分の学校なのに、体育館の敷居が高く感じられる。

「やっぱ、帰ろう」

私は体育館の脇を通り過ぎた。

体育館の外に設置してある水道に休憩中と思われるバスケ部かバレー部が固まっていて、皆、暑いからか水を頭から被っている。

私にはバスケ部とバレー部の区別もつかない。

ごめん、和真。


その集団の中から

「芽衣?」

と、声を掛けられた。

振り向くと、頭から水を被ってびしょ濡れになっている和真がこちらを見て手を振っていた。

「帰っちゃうの?もうすぐ練習再開するからさ、2階で観ててよ」

そんなことを皆の前で誘わないでくれる?注目されてるんですけど。

「・・・・。」

私はなんて答えるのが正解なのか分らず、無言で和真を見ていた。

すると和真が私の所まできて、

「どうせ、この後暇でしょ?練習終わったら一緒に帰ろ。俺、かき氷が食いたい」

ん?誘われてるの?

「じゃ、ブルーハワイで」

なんて答えてしまった。この答えで正解だった?



「ね、和真。後ろにいる部活の人たち、和真を見て大騒ぎしてるよ?」

「あー、いいの。アイツらのことは無視して」


『すげー、今の見たか?和真が女の子に手を振ってたぞ。しかも誘ってなかったか?』

『やべーな、和真。なんだアイツ、ツンデレってやつか?』

『あの子、可愛いな。和真にはもったいなくないか?』

色々と聞こえてくる。

とっても恥ずかしい。

やっぱ帰ろうかな。私は体育館へ行こうと歩いていた足を止めた。

「ん?どうした、芽衣?もしかして、気分が悪い?どこか涼しいところに行く?」

どうして、いつも和真は私の体を心配してくれるんだろう。

私なら元気なのに。

「大丈夫、だよ。体育館の2階ね。一人で行けるから大丈夫。和真の練習、観てるね」

ここで帰るって言ったら和真は練習を抜けて一緒に帰りそうな気がして、私は練習を見学することにした。


2階に上がり、柵にもたれ掛かってバスケの練習を観た。あれ?和真がいない?どこ行った?

和真を探してキョロキョロしていると、急に頬に冷たいものが触った。

「キャッ、冷たっ」

振り向くと、冷えたスポーツドリンクを手に持つ和真が立っていて。

「外ほどじゃないけど体育館も暑いだろ。熱中症にならないように、これ飲んどいて。じゃ、また後で!」

「ありがとう」

和真は私にスポーツドリンクを渡すと、バスケのコートに戻って行った。

その和真の行動に今度は女子バスケ部が騒ぎ出す。

その中の一人が、凄く冷たい目で私を睨んでいることなんて、気付かなかった。


春の大会で3年生が引退しているから、2年生がメインで練習してるんだね。

和真が練習の指示を出している。和真って、キャプテンなのかな?

背の高い男の人たちがボールを追いかけて走っているのを見ていると、コートがとても狭く感じる。

私は全体の練習風景を見て、そんな感想を抱いた。

そして今度はコートの中を走る和真を目で追った。

ボールを素早くカットし、ターンするとそのままドリブルでゴールの下まで来る。その場所で足をピタッと止めて腕を伸ばしシュートを放つ。そしてボールがバスケットゴールへ吸い込まれていく。

スパッ!

ネットを揺らす音。

私は初めて観るバスケットに、和真のプレイに目を奪われた。

すごい!バスケットってかっこいい!

和真、かっこいい!


シュートを決めた和真はコートから抜け出し、私の真下まで来ると、2階にいる私に向かって

「芽衣、見とれてただろ。俺から、目を離すなよ」

笑いながらそう言うと、私に手を振ってからまたコートに戻っていった。

一瞬、体育館内がシーンと静まり返る。

その3秒後、体育館中に男子の叫び声や女子の悲鳴が飛び交った。

ひゃー、顔が、熱い。

私は1階の人たちから見えないところまで移動して、隠れた。

なっ、なんなの、和真。超ド天然なの?

あんな大声で話しかけてきたら、皆に聞かれて当然じゃない。

誘われて観に来ただけなのに、なんで私がこんなに注目されなきゃならないの?

しかもさ、「俺に見とれてただろ?」って、何?

どれだけ自信過剰なのよ!

そりゃ、和真のバスケがかっこよくて目が離せなかったのは、悔しいけど認めるよ。

でも、それだけでしょ?

それだけだよね、私?

自分の感情が分からなくなって、混乱するよ。

どうしてこんなにドキドキしてるの?

今までに感じたことのない、感情。


この正体は、なに?




< 5 / 22 >

この作品をシェア

pagetop