コインの約束
◎ 凛ちゃんの好きな人、和真の好きな人

バスケの練習が終わり、和真が出てくるのを外で待っていると、女子バスケの集団が体育館から先に出てきた。

「柚木先輩、少しお時間いいですか?」

そう声を掛けてきた下級生。私はこの子を良く知っている。

湊のことが大好きな凛ちゃんだ。凛ちゃんはバスケ部だったんだね。

凛ちゃんに連れられて、皆とは少し離れたところで向き合う。

凛ちゃんは言いにくそうにしていたけれど、

「先輩は、結城先輩と付き合ってるんですか?」

そんなことを急に質問してきた。

「えっ?私と和真?付き合ってないよ」

そうなんだよね、私と和真って、どんな関係って言えばいいんだろう。
友達なのかな?でも、夏樹や湊とは違うんだよね。

「じゃ、どうして結城先輩は柚木先輩だけに態度が違うんですか?」

「えーっと、私、普段の和真を良く知らないから、私だけに態度が違うって言われても、分からないよ」


「じゃあ湊先輩はどうなんですか?」

「どうして、湊?」

「ふざけないで下さい。湊先輩の気持ちが柚木先輩にあることなんて、誰が見たって分かるじゃないですか!」

「ちょっと待って、凛ちゃん。私、湊とは一番仲の良い友達なの。湊に彼女ができたって、友達なの。湊の彼女になるのが凛ちゃんならいいな、って思ってるんだよ」

「どうしてそんなこと、言うんですか。湊先輩が可哀想・・・」

「湊とは・・・」

その先を言いかけたけど、湊を好きな凛ちゃんにはきっと湊と私の友情なんて否定されるんだろう、そう思ってその先が言えなかった。

湊とは、一生の友達。

それは絶対に変わらない。



「なぁ、芽衣を返してくんない?」

振り向くと、和真が怖い顔で近づいてくる。

「結城先輩・・・」
「和真・・・」

私と凛ちゃんの声が被った。

そして、凛ちゃんが和真の冷たい声に固まる。

「和真、顔が怖いよ」

「んあ?怖くねーよ。お前らの話が長いから迎えに来ただけだろ」

「和真はさ、もう少し笑いなよ。その方がモテると思うけどなぁ」

「芽衣、なんかムカツクな。いいのかよ、それで」

「ふふっ、いいんじゃないのぉー?」

こんな掛け合いをしている私たちを見て、凛ちゃんがますます固まる。

あれ?凛ちゃんの緊張を取ってあげようと思っただけなのに。

「凛ちゃん?大丈夫?」

「あ、すみません。結城先輩が女の人と話しているところを初めて見たので、びっくりして」

「へぇ、和真って女子と喋らないの?それ、何キャラ?」

私は和真をからかって笑った。

「うるさいよ、芽衣。それから”凛ちゃん”とやら、ハッキリ言っとくけど、芽衣と湊は何でもないからな。芽衣は俺のものだから。覚えといて」

「はぁ?いつ私が和真にモノになったのよ?」

「ずっと前からだよ。いいからもう行くぞ」

そう言って和真が私の手を引いて歩き出す。

「凛ちゃん、ごめんね。またね!」

やだ、凛ちゃんってば、まだ固まってる。


そのまま凛ちゃんとはお別れして、和真と二人、駅の方へ向かった。

「和真、もう手を離して」

「やだ」

和真は最初、私の手首を掴んで歩いていたのに、凛ちゃんが見えなくなると手首にあった手を私の手のひらに移動してきて。

まるで仲良く手を繋いで歩いているよう。

私は和真の手を離すのを諦めて、逆にギュッと強く握ってみた。

「なに、芽衣。俺のこと煽ってる?俺で遊んでるだろ」

「ふふっ、和真がどんな反応をするか見たかったの」

「ばか!」

和真はそう言って私とは反対側へ顔を向けてしまった。


自然体で和真と接することができる。他の人には冷たいと言われている和真だけど、私に対しては決してそんなこと、ないよね。

和真は、とても優しいと思うよ。

和真のこともっと知りたい。


この気持ちの正体。


私、和真のこと好きになってる。



私たちは駅前の喫茶店に入り、軽めのランチを注文した。

食事が来るのを待つ間に、私たちは携帯番号を交換して、

「俺、あまりメールってしないから。既読スルーしたら、ごめんな」

「そっ、そんなのダメだよ。既読スルーされたら悲しくなる」

「ははっ、そうか。じゃ、芽衣だけ特別な。返事してやるよ」

「和真ってさ、どれだけ上から目線なのよ!もう」


食事が済むと、食後には約束していたかき氷。

「ん―――っ、ブルーハワイ、美味しい。和真のメロンは美味しい?」

「うまいよ、ブルーハワイの比じゃないね」

「なにー!ブルーハワイ、なめんな」

「じゃ、食わせてみろ!」

和真は自分のスプーンを使って私のブルーハワイを一口食べた。

「うわ、メロンの勝ちだね」

「この、味覚音痴め!メロン、食わせてみろ!」

私も和真のメロン味のかき氷を一口もらった。

「うっ・・・・。どっちも美味しい」

変な夫婦漫才のような会話に二人で笑った。

和真といると、楽しい。

本当は和真に色々と聞きたいことがあるけど、今日じゃなくてもいいかな?って思ったりして。

ただ一つだけ、今日聞いておきたいこと。聞けたら、聞こうと思う。

それは、私と和真の今の関係。友達なの?それとも・・・なに?
やたら私に積極的な和真。私は和真の特別なの?私の勘違いなの?

かき氷を食べ終えて、私たちは喫茶店を出た。

せっかくかき氷で冷えた体が外に出た途端、熱を持って。やっぱり暑い。

駅に入り、ホームのベンチに二人で座る。

「和真、ひとつ聞いてもいい?」

「ん?なに?」

「さっき凛ちゃんにさ、私は和真のものだって言ったよね?」

「ああ、言ったね」

「それって、どういう意味なの?」

「んー。どう説明したらいいのかな。俺にとって芽衣はさ、単純に好きとか嫌いとかのレベルじゃなくてさ、もっとこう、違う次元なの」

「うーんっと、言ってることが良く分かりません」

「俺が芽衣をやっと見つけたんだ。もう離れたくないんだよ」

「やっと見つけた?って、私たちって昔どこかで会った?」

和真の言っていることが本当に分からない。私が何かを忘れているのなら、教えて欲しい。

「いや、いいんだ。芽衣が元気でいてくれて嬉しかった」

「ねぇ、和真。いつかちゃんと教えてね」

「ん」

和真は私の病気のこと、多分知っている。

今は快方に向かっている子供の頃からの病気。

何故、知っているのか。

家族しか知らない、親友にも話したことのないことを。


電車がホームに入ってきたからこの話は終了。

あれ?結局私たちの関係って、なに?もう一度、今度はストレートに聞く?

どうしようか迷っていたら和真の降りる駅に到着してしまった。

でも、和真が降りようとしない。

「和真、ドア閉まっちゃうよ。降りなきゃ」

「送ってく」

「えっ、大丈夫だよ。和真の時間がもったいないよ」

そしてドアが閉まってしまい、電車がゆっくりと動き出す。

「俺の時間をどう使おうと、俺の勝手だろ。俺は芽衣と一緒にいたいの」

「和真、変だよ。私のこと好きでも嫌いでもないんでしょ?だったら・・・」

「ほんっとに芽衣ってさ。どうして分からないの?」

「分からないよ!」

少しキレ気味に返事をしてしまった。

「ばか」

和真は私に「ばか」って言っておきながら、電車の中だというのに私を抱きしめてきた。


「ちょっと、和真!やめてよ。人前でしょ」

私は両手で和真の胸を押す。

「じゃ、人がいなかったらいいの?」

「そう言うことじゃなくてさ。和真、ばかなの?」

「うるせー。この車両、俺たち以外乗ってないだろ。ちゃんと見てるから」

なんなの、和真。私、誤解しちゃうよ。

「もうさ、芽衣って鈍感だよね。芽衣に分かりやすく言うよ。よく聞いとけよ」

また鈍感って言われた。これで三人目。

和真は抱きしめていた腕を緩ませて、私の顔を覗く。

「芽衣が好きだよ。だから、いつも一緒にいて欲しい」

「えっ?か、ずま?」

「芽衣は俺のものだし、俺は芽衣だけのもの。分かったか、ばか芽衣!」

「ばかは余計です」


送ってくれるのは駅までで大丈夫だよ、って言ってるのに、言うことを聞いてくれない、和真。

結局うちの前まで送ってくれて。

「ここが芽衣の家なのか。うん、覚えた。何かあったらいつでも来るから」

「何もなかったら、来ないの?」

「えっ?・・・。芽衣、誘ってんの?」

「ち、違うよ。そういう意味じゃなくてさ。いつでも会いたいって思うじゃん」

「芽衣!素直だな。やっと俺のこと気にしてくれたの?」

「うん、和真のこと気になってるよ?」

「じゃ、もう俺から離れるなよ」

そう言って和真はフワッと私を抱き寄せて、

「もう、どこにも行くな」

和真は切なそうにそう呟いた。



その日から、補習後にバスケの練習を観に行くのが日課になって。

毎日和真と帰宅しているの。

凛ちゃんも和真の態度を見てもう私に話し掛けてくることはなくなり、バスケ部からも和真の彼女って言われるようになった。

ただ、私の心に一つ引っかかっていることがあって。

お付き合いをするってことは、お互いを求めるときが必ず訪れるでしょ。

その時、和真に私を見られるのが、怖い。

私は自分の胸のその部分をそっと押さえた。

友達にも言ったことのない、私の秘密・・・。



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