恋人ごっこ幸福論
「…なんなんだよあいつ」
叩かれた本人は心底意味が分からない、といった表情をして背中を擦る。
すっかり3人の足音も遠ざかってしんとした空気が流れる。急に2人っきり、少し緊張する。
「とりあえず座って待機しとく?」
「ふぁ!はい」
「何噛んでんだよ」
唐突の問いかけに動揺してしまって、苦笑いで誤魔化す。
だって今日はもうこんなの無理だと思ってたから、嬉しさと、ドキドキと、上手くチャンスにしなきゃというプレッシャーで頭がいっぱいで何かしらやらかしてしまいそうだ。
「そうだ、お茶おかわり淹れますね!」
「ああ、ありがとう」
「いえいえ、喉渇きますよね!」
少しでも気を落ち着かせようと彼のグラスに麦茶を注ぐ。
けれど麦茶を淹れることに集中し過ぎて、グラスいっぱいになっているにも拘わらず注ぎ続けてしまった。
「ちょ、おい溢れてる!ストップ!」
「え、あー!すみません、すぐ拭きます!」
「何やってんだよ、畳染みるぞ」
慌てて布巾を沢山取ってきて溢れた麦茶を拭く。一緒になって拭いてくれる橘先輩を見て、浮かれてミスしてしまった自分の愚かさを後悔した。
「本当にすみません、ノートとか濡れてませんか?」
「そっちは大丈夫。ったく、ぼーっとすんなよ」
「はい…」
勉強よりも恋愛のことばかり考えてるから、こんな風になっちゃうんだ。元々2人のつもりだったから、事前にイメトレしてたのに。
やっぱり彼を目の前にしてしまうと思うように出来ない。