恋人ごっこ幸福論




「わあ…」



橙色の灯りが灯る賑やかな空間に一歩足を踏み入れると、つい感嘆の声を洩らしてしまう。

人々の熱気と食欲を唆る匂いで溢れたこの場所は、写真や映像の世界で目にしたままの姿だ。



「そんなに珍しいの緋那ちゃん?」

「はい、私こういうお祭り来たの初めてで」

「ええ!?そっか…珍しいね」

「確かに。そうかもしれませんね」



菅原先輩が驚くのは無理もない。お祭りどころかほとんどの娯楽を楽しんだ記憶が無い人はきっとそう居ないだろうから。


"夏祭り"と聞いて自分にある思い出は、私にとって何度か祖父が買ってきてくれた屋台の食べ物の記憶しかない。

夕飯用の焼きそばかたこ焼き、おやつ用のキャラクターの袋に入った綿菓子、りんご飴、あとベビーカステラ。

そんなものを何度か買ってきてくれて、私も夏祭りに行ってみたいとはずっと思っていた。けれど祖父に連れていってとは言えなかった。

買ってきてくれるのは私を遊びに連れて行く時間の余裕がない、祖父なりのせめてもの償いなんだろうと分かっていたから。


だから、ただこの景色が見られるだけでも夢のようで、凄く嬉しい。今日は思う存分楽しむんだ。



「とりあえず何か食い物買うか」

「買いましょう!私も食べたいものいっぱいあるので」



それに自分で好きなお祭りメニューを選んで食べられるのも今日の楽しみだった。案外待ちきれなさそうにしている橘先輩に早速ついていく。






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