恋人ごっこ幸福論




「ほらよ」

「?え、…わっ」



と、その時。何かで顔が覆われて急に視界が狭くなる。

なんで急に、一体何が起きたんだろう。状況が分からないまま顔を覆う何かに触れると、簡単に外れる。

着けられていたのはパンダのキャラクターのお面だった。



「やるよ。好きだろそういうの」

「え?ありがとうございます…」



好きそうに見える、かな?子ども向けに見えるパンダのお面に喜びそうなくらい、浮かれて見えたんだろうか。

なんでこんなものを?ぐるぐるする頭で考えても、その意図は全く読み取れない。




「…ガキの頃祭りで嫌いな奴に会ったら、関わりたくないからお面で顔隠して乗り切ってたんだよな。案外バレないよ」

「え…」



橘先輩の言葉を聞いてつい目を瞬かせると、外したパンダのお面を奪われて、また着けられる。仕方なく自分でお面をずらすと、無愛想なのに、何処か優しげに眉を下げる彼の顔が見える。

そんな彼の姿を見ると、苦しくて仕方なかった鼓動が落ち着いてきた。


橘先輩、もしかして私が会いたくない人が居ることに気付いて買ってきてくれたのかな。都合の良い想像かもしれないけど、そんな風に言われたらそう解釈してしまう。

他の誰も気付かなかったことに彼が気付いてくれた、たったそれだけのことでさっきまで抱えていた不安はするすると簡単に身体の中から抜け落ちていく。

あんなに息苦しかったのに。橘先輩がしてくれることだけでこんなに心が楽になる。






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