恋人ごっこ幸福論



「神山は?」

「うーん、私は…」



橘先輩が取ったサイダーを見て、ふと思う。そういえば炭酸の飲み物を一度も飲んだことがないな、と。

祖父はジュースをあまり飲まないし、昔叔母に甘やかすなと祖父が怒られてしまうことを懸念して飲みたいと言ったことがなかった。

別に今なら自分が貰っているお小遣いで買うことだって出来るし、飲みたいと思えばいつでも飲むことが出来たのだけれど。



「それ…美味しいですか?」

「サイダーのこと?飲んだことないの」

「はい」

「ふーん、まあ俺は美味いと思うけど炭酸が苦手な人もいるからどうだろうな」

「それなら飲んでみます」



挑戦をしてこなかった、自分の思うしてみたいことを我慢するのが当然になっていた毎日からはもうお別れしたのだから。思い出した時に1つずつしていきたいと思ったのだ。








「あ、美味しい」



飲み物を買って花火大会会場へ帰る途中、早速飲んでみる。初めてのサイダーは思っていたよりも美味しく感じた。



「美味い?なら良かった」

「はい、炭酸ってこんなに美味しいんですね。早く飲んでみれば良かった」



今日は初めてのことがいっぱいだ。夢だったことが沢山出来て、私今日すごく幸せだ。…いや、今日だけじゃない。橘先輩に恋してから初めてのことばかりだった。

ふと隣に並んで歩く彼の顔を見上げてみると、偶然目が合う。なんだよ、なんて優しい顔をしてくれる彼を見つめていると、胸がきゅうっと甘い苦しさに包まれる。





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