恋人ごっこ幸福論
episode.8
一体何が起きているんだろう。
目の前で透き通った青い瞳を輝かせながら私の両手を握る1人の男性。
急に「会いたかった」なんて言われて手を握られたけれど、私はこの人の事を知らない。
頭では逃げた方がいい、と警鐘が鳴っているのに身体は訳の分からない恐怖で動けない。
「コイツに触るの止めろよ」
「橘先輩」
どうしよう、とパニックになっていたとき、急に引き寄せられて男性の手から逃れられる。冷めた目で男性に強く要求する橘先輩に「あ?なんだテメェ」と睨みつける目の前の彼。
大柄な体格に大きくて鋭い瞳。耳に付けられた大量のピアスと派手なTシャツを身にまとった姿は、一度怒らせてしまうと危険だということを体現しているかのようだ。
どうしよう、橘先輩まで何かあったら。せっかく庇ってくれたけどこのままじゃ、と思った時。
「お巡りさーんこっちです、女の子無理やりナンパしようとしてまーす」
「!!?」
橘先輩が急に声を上げて、一斉に周囲の人がこちらに視線を向ける。何事か、と騒ぎ始める人々から注目されてつい戸惑う。
「神山、悪い少し走るぞ」
「!はい」
「あっ!おいコラ待ちやがれ!」
金髪の男性の気が緩んだ隙に、私の手を取ると走り出す橘先輩に必死についていく。
背後から追いかけようとしてきたようだが周囲の人の注目のおかげか。なんとか無事に彼から逃げ切ることが出来た。