恋人ごっこ幸福論
「はい、怖かったけど…もう大丈夫みたいです」
「そっか」
口元だけ笑う彼の表情が安心してくれているように見える。橘先輩も心配してくれてたんだよね。迷惑かけて申し訳ないと思うけれど、それよりもその心遣いの方が嬉しかった。
「けど手掴まれる前にすぐ逃げときゃよかったな。最初神山が振り返った時知り合いなんだと思ったから」
「私もつい反射的に振り返ったから…でもなんであの人私の名前知ってたんだろう?あれから思い返してみても全く身に覚えが無いんですよね」
「実は知り合いだった、とかならいいけどな。…本当に気をつけろよ」
相変わらず素っ気ない言い方だけれどこれも彼なりの優しさだ。素っ気無さの中に垣間見える優しさに単純にもまたときめきは止まらなくて。
「はい、もう皆に心配かけられないですしね」
「無いと思うけどもし次見かけたらすぐ言えよ」
「はーい、分かりました」
「ったく、分かってんのかよ」
「分かってますよ、心配してくれてありがとうございます」
注意深く言い聞かせてくれる橘先輩に真面目にお礼を伝えると、想定外だったのか一瞬目を見開く。だがすぐにぷいっと視線を逸らしていつものポーカーフェイスに戻った。
「次 宮前川駅だってさ。ボーッとしてたら乗り過ごすぞ」
「さすがに降りる駅忘れませんよ。大丈夫」
お礼を言われると照れくさそうにする所も分かるようになってきたな。
謙遜や誤魔化そうとしてる姿が密かに可愛いなと思っていることは口に出さないでおこう。つい笑みが漏れそうになるけど、またにやけてるって言われちゃうから我慢した。