恋人ごっこ幸福論
橘先輩はその後家の前まで送ってくれた。さすがに今日みたいなことがあったかららしく。少しだけ申し訳ない。
「先輩、家の前まで本当にありがとうございます。夜も遅いのに」
「俺は男だし大丈夫だって。んじゃ、また月曜な」
「先輩はかっこいいし男の人だって分かんないですから気を付けてください!おやすみなさい」
はいはい、と返事をしながら橘先輩は私に早く中に入るよう手を促す。見送りたかったけれど私が中に入るまで居てくれるみたいだったから、諦めて家に入ることにした。もう一度おやすみなさい、とだけ頭を下げて中に入ると、息をつく。
次もし皆と出掛けることがあったときはもう少し危機管理能力を持たなくちゃな。まあこんなことはもう無いと思うのだけど。
「ただいま」
今日の反省をしながらリビングを横切ると、珍しくテレビを見ていた祖父に声をかける。
「ああ、おかえり」
「花火大会、楽しかったよ」
「…そうか」
それだけ言って微笑する祖父は、特にそれ以上何か言うつもりはなさそうだ。私も祖父に微笑み返すと、そのままリビングを後にして部屋に入った。
橘先輩がくれたお面を片付けて、浴衣を脱いで部屋着に着替える。
『…緋那?』
ふとあの人が私の名前を知っていたことが、やっぱり少しだけ気になって一瞬頭に過ぎる。
何だったんだろう。橘先輩が言ってたようにもし"実は知り合いだった"としたら一体あの人は誰なのかが気にかかった。
「…まあ、いっか」
きっともう会うこともないだろう、と半ば自分の希望を思い込むことにしてあの金髪の彼のことを頭から追いやった。