恋人ごっこ幸福論
「……じゃあ、仕方ねえ。意地でも邪魔するしかねえな」
「え?」
「緋那がその気なら俺は2人をとことん邪魔して、付き合い続けるのを辞めたくなるようにするしかねえな。幸い橘は緋那が好きじゃねえみたいだしなあ?」
「……」
ハッと見下した視線を玲央ちゃんに向けられた橘先輩は、特に何も返すことなくじっと玲央ちゃんを睨み返す。その表情は、かなり不機嫌そうだ。
「れ、玲央ちゃん」
「悪いな緋那、俺には諦めるって選択肢はねえんだよ。…それに、俺はどうにもあのスカし野郎を認められねえ」
「そ、そんな…」
「神山、放っておけそんな奴」
「橘先輩、」
「邪魔されようがなんだろうが無視すりゃいいだけだろ、勝手にさせときゃいい」
「そうかもしれないですけど…」
このまま放っておくと、なんだかまずい気がする。それにさっきから2人の空気感は最悪だし、どっちも引く気がない。
「ビビってんのか?彼氏の癖していつまでも苗字呼びしか出来ねえ奴は気が小せえなあ」
「…うっせえな、とっとと消えろよ練習の邪魔なんだよ」
玲央ちゃんの挑発に最後にそれだけ言って、橘先輩はふいっと背を向けて部員に指示をしに行った。それを見届けると、玲央ちゃんも鼻で笑って体育館を出ていく。
「(これは、本気でまずいかもしれない)」
取り残された私は、これからの日々に何も起こらないなんて有り得ないと確信していた。