恋人ごっこ幸福論
「…勝手にすれば」
「!いいんですか」
「邪魔しないんなら別に」
そう素っ気なく告げて、背を向けるとコートの真ん中へと戻っていく。そしてすぐに、何事もなかったかのように練習を再開し始めた。
やった、断られなかった。菅原先輩が言ってた通り本当に大丈夫だった。
いまいち理由は分からないけれど、嫌がられなかったならいいということにしよう。ささっと体育館の隅っこに膝を抱えて座ると1人練習に集中している彼を眺める。
本当にバスケ好きなんだなあ。いつも誰よりも真剣に取り組んでいるのも、こうやって自主練しているのも、本当に好きだからなんだろうな。
そんなところも好きだなあ、大好きだなあ。ただ眺めているだけで胸がいっぱいになって苦しい。でも、とても幸せだ。
そうやって橘先輩を眺めていると、彼が急にふっと練習を止めて。
どうしたんだろう、と思った瞬間。目の前にバスケットボールが転がってきた。
「お前本当に変な奴だな」
どうやら本当にただ黙って見ていただけの私に、あえて彼が転がしてきたようだった。
いつもと何ら変わらない、冷めた表情の橘先輩が目の前に来て、座り込む私を見下ろしている。