恋人ごっこ幸福論
「お前降りないの?」
「降りるけど…ショックで」
「は?この薄暗いとこに何未練あんだよ」
「え?」
「場所変えるんだよ。人目が付かなくてまともな場所行くぞ」
ほら早く、と急かされ慌てて立ち上がって彼の隣まで降りる。それを確認するとまた先に彼は、すたすたと進んでいく。
なんだ、場所変えるだけだったのか。
橘先輩の朝練習に顔を出すようになって、少しは親しくなった気がするけどやっぱり素っ気なくされたり無視されたりしてたからついこれでお開きかと…。
それにしても、さっきからすたすた進んでいくけど場所のあてでもあるのかな。そう思いながらついていっていると、急に彼が立ち止まってぶつかりそうになる。なんか、これ前もあった気が。
「ここならいけるっしょ」
立ち止まった場所は、誰もいない視聴覚室の前だった。
「視聴覚室ですか?でもあんまり使わないしここも鍵かかってるんじゃ」
そこまで言いかけたとき、ガララ、と当然のように入口が開かれる。
「うちの顧問が鍵管理してんだけどたまにしか使わないからいつも開けとかなきゃ開けるの忘れる~、つって常に空いてんの。意外とみんな知らないし、周りも科目室しかないからこの時間人通りないしな」
「まさしく条件ぴったりですね…」
そんなことあるんだ、…屋上は空いてないのに。
しかもよくそんなこと知ってたな。橘先輩の後からそうっと視聴覚室に入る。防音設備のされたこの場所は、放送部の流すお昼のアナウンスも聞こえないようになっていて、しんとしていた。