恋人ごっこ幸福論
「あ、お祖父ちゃん…お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
着替えを用意してお風呂場へ向かおうとリビングに出ると丁度祖父が帰宅していた。
「今日も遅かったんだね」
「ちょっと商談が続いててね、毎日大変だよ」
そう言って薄く笑う祖父の顔を見たのは何日ぶりだろう。…ずっと忙しかっただけなんだな、「大変だ」という祖父の言葉を聞くと安心した。
「…そうだったんだね。あ、今日はぶりの照り焼きなんだけどちょっと味付けいつもと違う感じにしたの!テレビでこの前言ってた奴なんだけど!」
「そうか、」
「隠し味に蜂蜜入れたんだけど、コクが出るし中々これも有りだなって。だからお祖父ちゃんも是非」
「分かったよ。今からお風呂行くんだろう?食べたら分かるから大丈夫だ」
「あ…うん。そうだね」
嬉しくて、ついもっと話そうとするけれど祖父は笑顔で中断させて、冷蔵庫に缶ビールを取りに行く。
また、だ。もう少しくらい話聞いてくれてもいいのに、と思う気持ちと疲れてるのに自分の話をしようとしたことへの罪悪感が湧いてくる。
モヤモヤと晴れない感情でいっぱいになると、そのことしか考えられなくなってしまう。
お祖父ちゃんは、申し分無いくらい幼い頃から私に優しくしてくれた。今だってそう、お祖父ちゃんは優しい。
……でも、私に関心はない。
「(…また私ったらこんなこと考えて)」
こんな感情は押し殺して電話のこと考えよう。
少しだけ、ギュッと目を瞑って別のことに思考を巡らせれば、もやもやを抑えるのは簡単だ。気持ちを切り替え終わると、電子レンジで他のおかずを温めている祖父を尻目にお風呂場へ向かった。