【しょくざい】第2話【幸福論】
厨房に戻り料理をしながら石田と話す。
「なんかわかったか?」
「どうやら現世で最近流行っている薬物らしいですよ、だからみんな自殺のつもりもないらしいですよ」
「薬物?」
「はい、そうです」
「なるほどね、上さんはそれを自殺に判定なさったのか深い事されますな、薬物も自傷行為になるのかね」
「うーん、どうなんですかね、でも本人たちはまるで自覚は無かったですよ」
「設楽、お前はやったことはあるか?」
「いや、自分はないですけど」
「そうか、あれはいいぞ、まあ俺はシャブ中にはならなかったけどな、一度はやっておいて損はないと思うよ」
「そうですか、石田さんは何をしてたんですか?」
「俺は覚醒剤と大麻だよ」
「そうですか、やっぱいいものですか?」
「そうだね、ここを出られるならもう一度してみたい物だよ、あれを知らないのは損だよ」
「何薬物の話?」料理長が話に入って来た。
「そうです、今いるほとんどの客が薬物でここに来たらしいです」
「そうか、俺も酒と薬物でここにいるみたいな物だからな、人ごとじゃないね」
「料理長もやってたんですか?」
「まあ、麻薬とセックスと殺人はセットみたいなもんだったよ、どれかを知らなければここにいなかったんだろうけど、設楽君は一度もやった事ないの?」
「はい、自分は一度もないですよ、結構真面目に生きて来たので」
「真面目ね」
「真面目に生きてたらここにはいないだろ」石田が一蹴する。
「はは、そうですね、まあ無難な人生では無かったですよ」
「そうだよな、みんな何かを背をって生きて来たんだよな、俺らの人生なんて勿論人様に誇れるような物では無かったけど、巻き戻ることは出来ないし、どれだけ悔いが残らない事が大切なのかも知れないな、今いる客もここでいったん思考を整理して、次のステージに向かって行くしかないんだよな」
「何が正しくて、何が幸せ何ですかね?無難な人生が幸福なんですかね?」
「難しい話だよな、俺も最近よく考えるんだ。博学と無知はどっちが幸せなんだろうって二人はどっちだと思う?」
「え、そりゃ、頭いい方がいいんじゃないですか?」
「そうだよな」
「いや、俺は馬鹿の方がいいと思うよ」
「うん、そうか、そうなんだよ、利口になると世の中を上手く生きられるようになると思うけど、世の中を知れば知るほど生きづらくなっていったりもするんだよ、ならいっそ何も考えることが出来なければ楽だとすら思えてくる、まあ無知な人間はきっとそんな事も考えない、何も知らないが、何も悩む必要がない、それは幸せと呼べるのだろうか薬物の話に繋がるが知っているのと知らないのはどっちが幸せなのかって話なんだよね」
「どうなんですかね、料理長、難し事考えますね」
「最近自分の存在意義を考え始めてそれはきっと人生を見つめ直す事なんだよ、二人は自分の人生に悔い無いのかい?」
「まああるっちゃあるけど」
「まあ自分も戻れるなら学生時代くらいに戻りたいと思いますよ」
「後悔や反省を繰り返す、こうやって客と向け合って自分たちの人生を見つめ直す為にこの世界は存在してると思うんだ、まあ俺が思っているだけで押し付けたりはしないけどね」
「自分もここの存在、自分自身の存在価値に疑問を持つことはありますよ、でも正直逮捕された時も裁判している時も今現在も反省というか、そういう気持ちはありませんし、今後もする気も無いです」
「いや、もちろん、すぐに考えを改める必要は無いんだよ、でも時間はあるんだ、命について見つめ直してもいいんじゃ無いかな?私たちは命を粗末にして来たんだ、他人もそして自分自身もね」
「まあ、そうですか」
「俺は、うん、どうだうろう、でも俺が刺した人間が夜な夜な現れてうなされる事はあるよ、そん時は流石に反省っていうか後悔というか、まあそういうのはあるよな」
「石田さんもそんな日があるんですね、結構繊細なんですね」
「まあ、石田君も設楽君もそれでいいんだと思うよ、それでこそ正常何だよ、お互いね、確かにここに来る人間は全員人の道をそれた人間だ、でもだからこそ普通でいなければいけない、ここではもう逃げる事は出来ないんだ、薬をやる事も気に入らない人間を殺す事も、自ら命を絶つ事も出来ない、そこにこの地獄の価値はきっとあると思う」
「確かにここはどこにも逃げられない、うん、そうだな、とりあえず仕事をしないとな」
私たちは手を動かし料理を作る。私はこれまで思考から逃げていた。何とか仕事をして考える事を後回しにして来た。しかし確かに考えなければこの地獄に意味は無いのかも知れない。考える為にここは存在しているのかも知れない。ただ日々を過ごしてはいけない、食事を提供する側も食事を取る側も命を考えなければならない。
「自分もう一回話して来ますね」
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