【しょくざい】第2話【幸福論】
✳︎
「どうですか?満足できましたか?」
「はい、美味しかったですよ」
たらこパスタを頼んだ青年に話しかける。
「この先に逝く準備はできましたか?」
「ううん、どうだろう、正直まだ死んだって実感もないしな」
「そうですか、コーヒーでも飲みながら少し話ます?」
「ああ、そうですね、じゃあ一杯いただきます、アイスで」
「かしこまりました」
厨房に戻り仕込んでいたコーヒーを入れる。丁寧に。そして氷を入れる。黒く輝くその液体は焙煎された心地良い香りがする。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
その青年は一口コーヒーを飲み込む。
「美味いです」
「いつから薬はやってたんですか?」
「え、ああ、そうですね、3.4年くらい前、10代の頃からですかね」
「そんな若い頃からされてたんですね」
「そうですね、もともとは覚醒剤をやってました、大学でどうしても落とせない単位があって先輩に紹介されて貰いました」
「なるほど、集中力が上がったりするんですか?」
「そうですね、元気になります、まあ辞められなくなりますけど、でも、自分は何度もやめようとしたんですよ、流石に捕まるのが怖くなって合法の脱法ドラッグに手を出したんですけど、まあ、その結果がこれですけど、でもこれで良かったのかなーって思ったりもしますよ、どうせこのまま生きていてもろくな人生じゃ無かっただろうし、明日会社に行く必要もないですしね、正直ちょっとホッとしています」
「死んでよかったって事ですか?」
「うーん、もちろんやりたかった事とか未練とかは確かにありますけど、それより今は安心感の方がありますね、変ですかね?」
「いやそんな事もないですよ、亡くなって安心できた人もたくさんいらっしゃいますよ」
「そうですか、振り返れば、俺の人生なんか褒められた物じゃないけど、一生懸命生きたし、うん、短い人生だったけどやりきったかなって思います」
「そうですか、きっとそう思えたなら合格ですね」
「はい、じゃあそろそろいってみようかな」
「生まれ変わったら、もう一度薬やります?」
青年はただ笑顔で返事をして、この店を後にした。
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