眠れぬ夜に花束を
ふと、雨音の残響が聞こえた。昨日降ったものなのか、それとも彼が私の前から消えた日のものなのか、私にはわからない。
窓の外に目をやった。雨は降っていなかった。月が綺麗な夜だった。淡い月明かりは、太陽よりも眩しくて。目をそらしてしまいたかったけれど、そんなのは許されない気がした。
たとえば、この世界でいちばん空に近い場所に行ったとして。それでも月には手が届かないし、篝はもっと遠い場所にいるらしい。
煙草を吸う友達が忘れていったライターに火を灯す。ゆらゆらと揺れるそれをよれた写真にかざすと、端のほうがチリチリと焦げた。
「……おやすみなさい」
泣き疲れて眠るには時間が経ちすぎていて、今さら羊水の中には戻れないのだと悟る。
臆病な私は、さよならは言えずに、明日が来ても君を忘れていませんように、と祈ることしかできない。
そっと目を瞑ると、まぶたの裏で彼が微笑んだ。私はまた、上手に笑えなかった。
閉め忘れた窓から吹き込んだ夜風が、頬を伝うしずくを優しく拭った。
fin.