【完結】イケメンモデルの幼なじみと、秘密の同居生活、はじめました。
 なにを言われたのかわからなかった。
 かわいい?
 北斗が?
 私のことをかわいい、って言ってくれた……?
 どくん、どくん、と心臓が高鳴る。きゅうっと苦しいくらいに締め付けてくるような感覚。
 だって、顔が近い。
 このまま顔を寄せれば、触れ合ってしまうではないか。
 触れるって、どこが……もちろん……。
 けれど美波のその緊張は、不意に解けた。
 北斗がにやっと笑って、ぷにっと美波の頬を摘まんだのだから。
「ま、超・美少女じゃないけどな」
 それだけだった。北斗の手は、すっと引かれて、去っていってしまう。
 美波は、ぽうっとした気持ちで、それを見ているしかなかった。
 でも確かに起こったことなのだ。
 頬には優しい手の感触と、体温がはっきり残っていたのだから。
「美波~? 北斗くん~? 帰ってるの?」
 そこで不意に違う声がした。
 美波はびくっとしてしまう。急に現実に引き戻されたような気がしたのだ。
 それはお母さんの声だった。階段の下から呼んでいるような声だ。
「おっと、おばさん、帰ってきた」
 それに反応して、ひょいっと北斗は立ち上がってしまった。
 なにもおかしなことは起こらなかった、とばかりに。
「じゃ、頼むぜ」
 北斗はドアに向かいつつ、美波をちょっとだけ振り返って言った。
 その視線はもう、すっかり普段のものであった。美波が、夢を見ていたのかと思ってしまうくらいに、普通だった。
「……うん」
 美波は夢心地で答えて、自分も立ち上がった。ここは北斗の部屋なのだから、ずっといるわけにはいかないのだ。
「お米をたくさん買ったのよ~、ちょっと重くて……北斗くん、手伝ってくれない?」
 廊下に出ると、お母さんがそう言っていた。
 北斗は階段を降りながら、「はーい」と答える。
 美波はそれをしばらく見送ってしまった。
 北斗の彼女役、になるのだ。
 なってしまうのだ。
 いったい、どんな気持ちで臨めばいいのだろう。
 今からそれが心配で、でも同時に。
 胸がドキドキしてしまって、たまらなかった。
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