元勇者、ワケあり魔王に懐かれまして。
「試してみよう」

 少しずつ、本当に少しずつ距離が縮まっていく。

 寄りかかったり甘えてきたり、それとは違う距離の縮め方だった。

 なにとなしに呼吸して、ふとティアリーゼは気付いてしまう。

(……シュクルの匂いがする)

 獣でありながら、独特の臭さは一切ない。

 肌はティアリーゼより冷たいが、感じるのは――異性を思わせる香り。

 どき、とティアリーゼの心臓が音を立てる。

 耳元で響く低い声と、女性のものではありえない広い胸。触れた腕から感じる骨格は、見た目の華奢さからは想像もできないほどしっかりしていた。

(あ……)

 顔を上げて、ようやく理解する。

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