指先が触れるには遠すぎて
その日はなかなか寝付けなくて、仕事中も集中していないわけじゃないけど、ふと思い出してしまう瞬間が何度かあった。
それに、私の課から毛利さんが移った課はすぐ近くで、たまにその姿が見える時がある。
ドキドキしないわけがない。
「っ……お母さん、ちょっと出てくるね」
「なるべく早く帰ってきてよ?」
「分かってる」
止めるなんてこと出来ないのか時間で、夜を迎えるのはあっという間。どうしようもなく、心臓がうるさい。
車を出して向かうのは毛利さんの住むマンションの下。私が呼び出したから迎えに行くのは当然で、
「おまたせ」
「う、ううん。そんな待ってないです」
私達は近くの海へと移動した。
波が打寄せる音、風に乗って鼻腔を擽る潮の香り、毛利さんに聞こえてしまうんじゃないかってほどうるさかった鼓動は、少しずつ落ち着きを取り戻した。
「話したいことって?」
そんなの、毛利さんならなんなのか分かってるはずなのに。
「あの、率直に言いますね」
「うん」
「私……毛利さんの事が、好きです」
嗚呼、言ってしまった。
その瞬間、ざわり___胸の辺りに何かが疼いた。
「…立川さん」
私を見つめる双眼が、揺れた。その瞳の奥になんとも言えないものを感じてしまった。
ダメ、ダメ、この空気は良くない気がする。
嫌な予感が…
「ごめんね。付き合えない」
「……っ」
___ほら、だからダメだって言ったのに。