見捨てられたはずなのに、赤ちゃんごとエリート御曹司に娶られました
平日はほぼと言っていいくらい、ラストオーダーの三十分前にひとりでやって来て、優雅にコーヒーを飲み、帰っていく。
普段は、一日頑張った自分を労っているかのように穏やかな顔でコーヒーを嗜むのだが、……その日の彼は違っていた。
オーダーを聞きに、窓際の席に腰掛けた彼の元へ近づいた時、「はぁ」と気怠げなため息が薄くて形の良い唇からこぼれ落ちた。
「……毎日、お疲れさまです」
精悍な面持ちからも疲労感が滲み出ていて、つい話しかけてしまった。すると彼はハッとしたように私を見て、やがてにこりと笑う。
「ありがとうございます」
「……あの、今日もいつもので、良いですか?」
「はい。お願いします」
決まってブレンドコーヒーを頼むため確認すると、彼は笑みを深くして頷き返してきた。
「少々お待ちください」とひと言残し、身を翻す。
低くて心地よい声が耳の奥に残っていて、なんだかくすぐったい。微笑むのを堪えきれないまま、私はキッチンへと向かっていった。
いくら常連さんといえども、実家の酒屋と違って客との距離は近くなく、人となりまではわからない。