彼は友達
「いつも大変だね、中島さん」
振り返るとそこには高等部1年の武田先輩が立っていた。石川の1年先輩に
あたる武田先輩は去年のチームの中心人物で、高等部に進学してからも
1年生ですでにレギュラーを取っている人だ。大人っぽくて少しミステリ
アスな雰囲気を持つ武田先輩のファンは多い。そんな先輩がやんちゃな
石川をかわいがっていることは知っていたけど、どうして私の名前を
知っているんだろう。私は石川が付き合ってきた女の子達と違ってテニス
コートをのぞきに行ったことはないのに。
「私は別に、石川の彼女じゃないし」
「そうなの?『中島葵さん』以外の女の名前をユウキの口から聞いた
ことはないけどね」
まあアイツもまだまだガキだからね、大目に見てやって。
全てを見透かしたような口調。石川の話にも武田先輩の名前はよく出て
くる。つかみどころがないとか女癖が悪いとか言いたい放題だけど、その
わりに先輩のことを慕っているのは明らかだった。
「気付かないふりをしてるほうが、楽なんです」
あえて主語は入れなくても、武田先輩にならきっとわかる。たとえそれが
曖昧だとしても、石川との接点を失うくらいならこのまま友達でいたほうが
いい。ですよね、先輩?
「中島さんは、ユウキにはもったいないな」
そういうと武田先輩は私の頭をポンポンと軽く叩いてコートに戻った。
その後歩きながらちょっとだけ涙が出た。石川のことが好きだと気付いて
いるくせにこの曖昧な関係から抜け出そうとしない自分はちっともいい女
なんかじゃない。だけど今までずっと隠してきた気持ちを初めて聞いて
もらえてほっとしている自分がいた。