蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない~


 今、私がいるのは夜でも人通りの多いとある交差点。そこを歩く人々を意味もなくただじっと見つめていました。
 匡介(きょうすけ)さんから教えてもらったこの場所で、幼い頃の柚瑠木(ゆるぎ)さんは……その時の彼の苦しみを想像するだけで、胸の痛みを感じ私はギュッと目を瞑りたくなります。
 私がこの場所に来たところで、柚瑠木の心の傷をどうにか出来るようになるわけではないと思います。でも少しでも彼の事をもっと知っておきたかった、理解したかったから。
 私はここにいる時間も忘れて、ただ匡介さんから教えてもらったことだけを何度も想像して。何か私が柚瑠木さんに出来る事がないかと考えていました。
 この時柚瑠木さんの事で頭がいっぱいだった私は、スマホを家に置いたままだったことも忘れていて……
 
「————月菜(つきな)さん!!」

 大きな声で名前を呼ばれたと思った振り返ると、それが誰かを確認する間も与えないように勢いよく私の事を抱きしめてきた大きな身体。その温かさと優しい香りは、私が誰よりも大切だと思っている人のもので。
 でも、いつもと違う事……それは私を強く抱きしめた彼の身体が小さく震えていたという事でした。

「……柚瑠木さん、どうして?」
 
 なぜ彼がここにいるのでしょうか?私は柚瑠木さんに何も伝えずにこの場所に来たというのに。


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