思い出は食べものでできている
ただいま、におかえり、と返した父が、小さく手招きをした。


「あなた好きでしょう。差し入れ」


差し出した手のひらに、ころりと小箱がのせられる。色とりどりのチョコレートが入った、美しい箱だった。


「ありがとう。あとで食べるね」

「仕事頑張ってね」

「うん」


にっこり笑って、笑顔が崩れないうちに部屋に駆け込んだ。


父はたまに、あなた好きでしょう、とチョコレートをくれる。でも、どちらかと言えば好きなのは姉の方。


昔、習い事の送り迎えで父がくれるおやつといえば、スルメかスースーするのど飴ばかりで、姉と一緒に駄々をこねた。


姉はチョコレートを、わたしはチョコチップクッキーをねだったのに、記憶が混ざったのか、毎回チョコレートをくれるようになった。

おしい。クッキーが足りてない、と思いつつ、もらえるだけありがたいので黙って食べていた。それが小学生のとき。


もらった小箱をそっとあけると、板チョコが三枚、濃さの違うトリュフが二つ、ホワイトチョコレートが一つ、綺麗に並んでいた。


やっぱり姉と混ざっているらしい。ホワイトチョコレートは苦手なんだけどな。

あなた好きでしょう、なんて言うくせに、柑橘系が好きなの、何回言っても覚えてくれないんだから。


このお店だって、わたしがまだ小学生のときに美味しいねって言ったところだよ。

高校生から今まで、ここも美味しかったよ、あそこもおすすめだよってたくさん言ってきたのに、全然覚えてない。まったくもう。


……あなた好きでしょう、なんて。


そんなこと言われたら、ありがとうしか言えない。


もうとっくに成人して社会人になったのに、父にとってわたしはまだ幼い女の子のままだなんて、あんまりまぶしすぎる。
< 1 / 4 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop