思い出は食べものでできている
誰も悪くない。そもそも好き嫌いするのがよくない。

でも、「何がいい?」って聞かれてリクエストしたら、それが食べられるのかなってちょっとだけ期待しちゃうのは、多分、おかしくない。


だから、わたしにはずっと、笑ってありがとうを言うための理由が必要だった。


父は基本、甘いものを食べない。

でも、わたしたちきょうだいは、最近まで、父は甘いものが苦手だと知ってはいても、本当は全然食べなくてもいいくらいってことは知らなかった。


それは、父が毎年、「おっきいホールケーキが食べたい」だとか、「生チョコクリームがいい」だとか、「チョコの家はわたしが食べる!」「サンタさんはわたしの!」だとか言い争う実に子どもっぽい子どもたちのために、母が甘い甘いホールケーキを注文するのを止めないでいてくれたからだった。


父はケーキはいらない。食べるなら、一番好きなケーキは甘くないチーズケーキ。

チーズケーキがないならチョコクリームよりは生クリームのもの、果物は少ない方が好き。


そんなことさえ知らなかった。


ねえ。聞けないけど、十数年間、どんな思いで食べてくれていたんだろうね。


「お父さんは一番小さいのでいいから、あなたたちが大きいのを食べなさい」なんて。

他の家族の誕生日や記念日につきそいで食べるとき、必ず「美味しいね」と言って。


思い返せば、甘いものを食べるときはいつも、コーヒーをたくさん飲んでいた気がする。


「あなたの淹れたコーヒーは美味しいね」って褒めてくれるのが嬉しくて、るんるんでみんなの分のコーヒーを淹れてたから、父の分がちょっと増えたのなんて気に留めてなかったけど。


他の人の誕生日だったら、食材を減らして大きくあけたスペースにケーキを入れる冷蔵庫の空白が、父のときはいつも通りの食材で埋まっている。

その、知らなければわからないいつも通り。
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