政略夫婦の懐妊一夜~身ごもったら御曹司に愛し尽くされました~
『ほらみて、夏樹くんがいる。イケメンで、なんでもできて、本当に完璧な王子よね』
きっかけは、隣の学校のアベリアの女子たちが俺をそう呼び始めたとき。
桃香もあのチクチクした性格のわりにこっちでは〝姫〟と呼ばれていて、俺たちは暗黙の了解で人前ではそのイメージ通りに振る舞っていた。
『なんでも持ってる憧れの王子様と許嫁だなんて、桃香は本当にうらやましい……』
たまたま帰り道で桃香と友人を目にし、俺の耳にも会話が入ってくる。上品に整備された学園都市の歩道の、数歩先を歩く桃香と誰かを眺めながら、『はいはい』と聞き飽きた話題にしかたなく聞き耳を立てた。
『なんでも持ってる、憧れの王子様、ねぇ……』
首をかしげる桃香の背中を、俺は聞き耳を立てながら『おい』とどつきそうになる。
俺のこと王子だなんて思っちゃいないのはわかってるが、余計なことを言われちゃ面倒だ。そこらへん、桃香のことだからわかっていると思うが。
『そうね、私は……』
しかしこのときの桃香の横顔は、俺の前では見せない乙女のようで、ふいに胸が鳴る。
『べつに、夏樹の王子様なところを好きなわけじゃないから』
『え? どういうこと?』
『夏樹はああ見えて、熱血で、負けず嫌いで、常に努力しているの。そういうところの方が、好きかなぁ』
『キャー! さすが許嫁ー!』
なぜか自然と、足が止まった。そのせいで、桃香たちの背中は俺からどんどん離れていく。